近年、法律事務所にとらわれず多様な場所で自身のスキルや能力を発揮する弁護士が増えています。そのうちのひとつが「ベンチャー企業」です。
弁護士はベンチャー企業でも大手や上場企業と同様に法務を担当するケースが大半ですが、扱う法律の範囲が実に広く、前例のない法律問題と向き合う場面が多いなどほかにはない経験が積めます。
経営スピードがはやい、短期間で成長できるなどベンチャーならではの環境に魅力を感じ、転職を考えている方もいるでしょう。一方で、経営リスクや年収面など懸念材料があって転職に踏み出せない方もいるはずです。
この記事では、弁護士がベンチャー企業へ転職した場合の業務内容や転職メリット・デメリット、ベンチャー企業への適性などを解説します。
目次
ベンチャー企業における弁護士のニーズ
まずはベンチャー企業における弁護士のニーズやターゲット層について解説します。
ベンチャー企業では法律知識がある人材を必要としている
ベンチャー企業では法的な課題が山積しているため、法律知識がある人材を必要としています。
ベンチャー企業は老舗企業のように組織が成熟しておらず、人員もビジネスも成長の過程にいるケースがほとんどです。人を増やせば労働トラブルが発生するリスクが上がりますし、新しい事業に法的な問題はないかを検討する必要もあります。
こうした背景から法務部の設立・強化はベンチャー企業における経営課題のひとつなのですが、ビジネスの推進が優先されるために法務にまで手が回っていない企業が多く、弁護士資格をもつ方は歓迎されます。
実務経験3年以上の若手弁護士がターゲット
ベンチャー企業では法律問題が山積しているうえに法務部門の立ち上げに関わることもあるため、実務経験は必要です。しかし、弁護士経験が豊富な中高年の弁護士が採用される可能性はかなり低いでしょう。基本的には、実務経験を3年くらい積んだ若手弁護士が求人のターゲットです。
これは、ベンチャー企業では体力と柔軟性が必要という点が関係しています。スタッフの年齢が20代~30代と若いため、組織への適応力という意味でもほかのスタッフと年齢が近い方が好まれます。またビジネスリスクも大きいため、リスクを許容しやすい若手でないとチャレンジしにくいというのもあるでしょう。
求められるのは法務の力を使って事業に貢献できる人材
ベンチャー企業では法律知識がある人材を求めていますが、単に法務業務ができることを意味するのではありません。法務の力を使ってビジネスを推進し、事業に貢献できる能力が必須です。たとえば「これは法律的にアウトだからやめたほうがいい」と判断だけでなく「では法律面をクリアして事業を形にするにはどうすればいいのか?」まで考え、実行に移す必要があります。
どんなベンチャー企業で弁護士の求人があるのか?
そもそもベンチャー企業とは革新的・創造的な事業を展開する企業のことを指すので、業種が限定されているわけではありません。ただし少ない資金力でも勝負しやすいIT・Web関連の企業が多いです。
中でも近年注目されているのはリーガルテック企業です。リーガルテック企業とはテクノロジーを使って法律業務の効率化を進めるためのサービスを提供する企業をいいます。
電子契約や契約書作成、レビューなど多様なサービスを展開する企業があり、非常に勢いがあります。IT関連の知識は吸収する必要がありますが、弁護士知識を活かしやすいため興味のある方はマッチする可能性があります。
ニーズはあるが法務求人の数は少なめ
ベンチャー企業では法律知識が豊富な弁護士のニーズはあるものの、全体的な求人数は多くありません。たとえば大企業や上場企業も含めて法務部門の求人を探した場合、弁護士を求めている企業は多いのですが、これをベンチャー企業に絞るとかなり少なくなります。
求人が少ない理由としては、営業など事業を推進できる人が優先なので、法務をはじめとする管理部門の求人にまで手が回らないことが挙げられます。そういった場合、外部の弁護士へピンポイントに相談してしのぐケースもあります。
したがって、ベンチャー企業に限定して転職活動を行う場合には求人数が少ないことも考慮して戦略的に活動する必要があります。基本的な点ですが、転職活動の長期化も念頭に置き、先に辞めるのではなく現職と並行しながら転職活動を進めることも必要でしょう。
弁護士がベンチャー企業へ転職した場合に想定される業務内容や役割
弁護士はベンチャー企業でどのような業務の遂行や役割を期待されるのでしょうか。
契約法務をはじめとする法務業務全般
法務業務については、ベンチャー企業も大手・上場企業でも大きくは変わりません。必ずといっていいほど行うことになるのが契約法務です。ビジネスを推し進める企業では新規の取引が発生する場面が多いので、とくに契約書の作成・レビューは必須でしょう。
契約書の内容が自社に不利になっていないのかを確認し、リスクを防ぐのが役割です。ほかにも機関法務や労働トラブル対応、反社チェック、内部監査など多様な法務業務を行います。
新規事業に関する法的問題の検討
ベンチャー企業では大手が参入していない領域で事業を立ち上げるケースが多いため、法律面で前例がないという場面によく出くわします。そのため弁護士は、法的に立ち上げが可能なのか、可能な場合にどんな点がリスクになり得るのかなどをひとつ一つ洗い出してクリアにする必要があります。
ときには法律が壁となって新規事業を断念せざるを得ないケースもありますが、何度失敗しても諦めない気持ちが必要です。
法務部門の立ち上げや強化
営業活動を優先してきたことから法務部門がないという企業も少なくありません。その場合はゼロから法務部門の立ち上げに関わります。
法務部門がある場合でも法務体制が整っておらず基盤が弱いケースが多いため、弁護士が中心となって強化します。こうした立ち上げ・強化の経験は今後のキャリアを築くうえでも貴重な経験となるはずです。
広範な業務に関わるのがベンチャー企業の特徴
ここまで挙げた業務内容はベンチャー企業における業務のごく一部に過ぎません。法務以外に労務や財務、人事など管理部門の業務全般に関わる場合もあります。
ベンチャー企業は専門職である弁護士であっても広範な業務に関わるのが大きな特徴といっていいでしょう。
弁護士がベンチャー企業へ転職する5つのメリット
ベンチャー企業へ転職するメリットや魅力について解説します。
経営の中枢に関わることができる
経営の中枢に関わることができるのはベンチャー企業の大きな魅力です。経営者との距離が近いため経営視点も身につきますし、自分がやりたいことを伝えやすい環境です。意見が通る、アイデアが採用されるといったことは大手ではなかなか難しいですが、ベンチャー企業なら叶います。自分でビジネスを推進したいという意欲が高い方にとっては魅力的な環境でしょう。
意思決定のスピードがはやい
大手のように大きな組織ではない分、意思決定や経営スピードがはやいのも魅力です。大手ではたった一つの決裁が通るのに一箇月以上かかることも珍しくありませんが、ベンチャー企業ではすさまじいスピードで物事が決まっていきます。
裁量権が大きく、成長スピードがはやい
個人に与えられる裁量が大きいため、主体的に行動することが求められます。その分成長スピードもはやく、数ヶ月、数年でも濃密な時間を過ごすことができるでしょう。はやくキャリアを積んで成長したいと考えている方には最適な環境です。
上場した場合に大きな利益を得られる可能性がある
上場が成功すればその立役者として年収が大幅に上がる可能性があります。また弁護士のような優秀な人材を採用する場合、ベンチャー企業は資金力に乏しいため高い年収を提示しにくいですが、その場合の有効な制度としてストックオプションが存在しています。
そのためストックオプションにより大きな利益を得られる可能性もあります。ただし、これらは業績や企業価値を向上させることが前提なので確実性はありません。利益を得られない場合もあるため、短期間での年収アップやストックオプションを目的に転職するのはおすすめしません。
弁護士としてのキャリアにプラスに働く
ベンチャー企業での経験は今後のキャリアにプラスに働きます。安定した基盤がなく、ゼロから部門や事業を立ち上げるような経験は希少性が高いためです。前例のない法律問題と向き合うことで問題解決能力が向上するなどスキルアップにもつながり、人材の市場価値が上がります。
ベンチャー企業の法務を渡り歩く場合はもちろん、法律事務所に戻る場合や、法律事務所の経営者になる場合にも、ベンチャー企業での経験は役に立つでしょう。
弁護士がベンチャー企業へ転職するデメリット
メリットや魅力があるベンチャー企業ですが、当然デメリットやリスクも存在します。転職する際にはデメリットをよく理解したうえで判断することが大切です。
経営リスクが高い
ベンチャー企業では経営がうまくいかないリスクはつきものです。中小企業庁の「小規模企業白書2017」によると、起業後の企業生存率は以下のように推移しています。起業から5年後には18.3%、大体5社に1社の企業はなくなっているのが現実です。
起業後の経過年数 | 企業生存率 |
---|---|
1年 | 95.3% |
2年 | 91.5% |
3年 | 88.1% |
4年 | 84.8% |
5年 | 81.7% |
ハードワーク
ベンチャー企業は人員が限られているため1人あたりの業務量が多く、ハードワークです。残業はあまりしたくない、ワークライフバランスを実現したいといった方にはデメリットになるでしょう。
とはいえ弁護士はもともとハードワークなので、企業の法務職などから転職する場合と比べると業務量のギャップは少ない可能性があります。またベンチャーとはいえ企業なので労働基準法が適用されます。法律事務所では業務委託など個人事業主的な働き方をする弁護士が多いため、法律事務所からの転職の場合には労働時間が減る可能性があります。
一人法務のケースも多く、プレッシャーが大きい
ベンチャー企業では法務部門の体制整備を後回しにしてきた経緯から、一人法務になることも多いです。労務や経理などほかの管理部門と兼任というケースも珍しくありません。
法律事務所であればほかの弁護士に相談できる場面が多かったはずですが、一人法務では自分で調べて解決しなければなりません。顧問弁護士がいるなら相談は可能ですが、あくまでも外部の立場なので最終的には一人で乗り越える必要があります。
管理部門の整備や安定が自分の肩にかかっているのだと、大きなプレッシャーを感じることもあるでしょう。
転職当初の年収は法律事務所よりも下がるケースが多い
法律事務所から転職する場合、転職した直後の年収は下がってしまうケースが多いです。ベンチャー企業における法務の年収相場に正式なデータはありませんが、求人を見ると年収は400万~700万が相場となっています。これに対して弁護士は1,000万円以上稼いでいる方が多いため、場合によっては大幅ダウンとなるでしょう。
福利厚生などもベンチャー企業では期待できません。年収や福利厚生は事業がうまくいった後についてくるものだと考えておきましょう。
もっとも、ベンチャー企業の中でもレイターフェーズ以降で法務部長クラスを募集しているような場合は提示年収も1,000万円を超えることがあります。ただし、そもそも何のためにベンチャー企業へ転職したいのかはよく考えるべきです。ビジネスの立ち上げに関わりたい、スピード感のある環境で働きたいなどの希望も、成長ステージによっては叶わない可能性があります。
ベンチャー企業に向いている弁護士の特徴
以下のようなタイプの弁護士であればベンチャー企業に適性があります。
ビジネスへの関心が強く経営の中枢で活躍したい人
ベンチャー企業では法律業務以外にも事業経営全般に関わる機会があります。そのためビジネスへの関心が強く、企業の内部からビジネスを推進したい方に向いています。「自分の力で事業を拡大して会社を大きくさせたい」「世の中を驚かせるような革新的な商品を作り出したい」といった野心のある方にも適性があります。
成長意欲が高く、積極性がある人
すさまじい経営スピードの中、前例のない問題やこれまでに経験したことのない業務をこなすには、自身もどんどん成長していく必要があります。成長意欲が高くチャレンジ精神が旺盛な方に適性があるでしょう。
またベンチャー企業では積極性のある人が歓迎されます。受け身の姿勢では周囲についていけず、思うような評価も得られません。一般には守りの部門といわれる法務であっても同じです。
創造的な思考や柔軟性を持った人
弁護士は「こういう課題に対してこういう解決策を講じるべき」といった論理的思考を持つ方が多いでしょう。論理的思考能力は法務を担う以上、ベンチャーでも必要ですが、加えて感性や直感といった「創造的思考」も必要になります。
法務であっても企画会議に参加したり、アイデアを求められたりといった機会は多々あるので、創造的思考のある方は歓迎されるはずです。
またベンチャー企業では次々と新しい事業が生まれ、環境も大きく変わっていくため、変化に対応できる柔軟性も必要です。
リスクを許容できる年齢や環境にある人
ベンチャー企業では経営リスクはもちろん、体力がもたずに早期離職につながる、年収が大幅にダウンするなどのリスクもあります。これらのリスクを許容できる年齢や環境にないと難しいでしょう。
具体的には、登録年数は3年目くらいまで、年齢は30代前半が目安です。養う家族がいない、家族がいても自立していて養う必要がない、帰宅時間が遅くなることに理解があるといった環境も必要です。ご家族がいる場合は転職を決めてから揉めないように、事前によく相談しておくとよいでしょう。
弁護士がベンチャー企業への転職を成功させるために必要なこと
最後に、ベンチャー企業への転職を成功させるポイントを解説します。
ベンチャー企業への適性を見極める
ベンチャー企業は向き・不向きが激しい職場です。適性がある方でも上場などの大きな目標を達成するまでに体力面、精神面ともに苦しい時期があるでしょう。自身にこれを乗り越えるだけの覚悟と体力、メンタル、環境があるのかはよく考えてから転職することをおすすめします。
法律事務所は何もないところから何かを作り出すというより、すでに発生した問題をどう解決するのかが主な仕事なので、その意味ではベンチャー企業とは180度異なる環境といってもいいでしょう。
何となく理解しているつもりでも、転職してから面食らってしまう方は少なくないため、このあたりの認識は深めておく必要があります。
資本金や経営状況など情報収集を念入りに行う
ベンチャー企業は、経営リスクがあることを許容したうえで転職するべきか判断する必要があります。しかし、それでもリスクが高すぎる企業を選んでみすみす失敗するのは避けるべきです。少しでも転職の失敗可能性を下げるためには、リスクの大きさを調べることです。
資本金の額や設立からの経営状況などはもちろん、新卒採用予定の数が多すぎる、提示年収が高すぎるなど、企業規模や経営状況に見合わない項目があれば要注意です。
企業のビジョンや経営者の考えに共感できるかを見極める
ベンチャー企業では少数精鋭で戦うため、メンバーが足並みをそろえ、一致団結する必要があります。そのため企業のビジョンや経営者、そのほかの経営メンバーの考えに共感できるかどうか、相性は合うのかが非常に大切です。採用側もこの点は注視していますが、求職者としても重視したいポイントになります。
転職エージェントに相談しながら活動を進める
さまざまな魅力とリスクが混在するベンチャー企業への転職は、転職エージェントに相談しながら活動を進めることをおすすめします。ベンチャー企業への適性やリスクの見極め方、求人の選び方や応募時のアピール方法など、多くの点について転職支援のプロからアドバイスを受けられます。
またベンチャー企業の法務は求人が少なく、大手と比べて知名度や資金力に乏しいことなどから企業情報も出回りにくい傾向があります。「いろいろ調べたいことはあるものの情報収集の手段がない」といった悩みを抱える場合が多いので、情報収集という点でも転職エージェントを頼るのがよいでしょう。
エージェントは企業の採用担当者とのやり取りを通じて企業の内部事情や求める人材像を把握しており、離職率やどこまで残業になるのかなど聞きにくい情報があれば聞いてくれます。
年収交渉を依頼できるのも利点です。ベンチャー企業は給与体系が定まっていないケースが多いため、年収交渉はある程度しやすいのですが、自分で交渉するより客観的な立場から交渉するほうが説得力は増します。法律事務所からの転職で年収アップは難しいかもしれませんが、少しでもダウン幅を小さくすることで転職後のリスクを軽減できます。
ベンチャー企業への転職におすすめの弁護士向け転職エージェントおすすめ3選
弁護士向けの転職エージェントもいくつかありますので、まずはいくつか登録して情報を仕入れてみてください。
特に、ベンチャー企業の弁護士求人は数が限られるため、できるだけ幅広い求人に出会えるように複数のエージェントに登録することをおすすめします。
NO-LIMIT(ノーリミット)
弁護士の転職に最もおすすめなのが、転職エージェント『NO-LIMIT(ノーリミット)』です。
利用者一人ひとりに寄り添った対応を心がけており、丁寧なヒアリングから転職後のフォローアップまで、ミスマッチを減らすために力を入れています。
- インハウス・企業法務未経験でも応募可能な求人を保有
- 司法修習生のインハウス就職支援実績あり
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BEET-AGENT(ビートエージェント)
『BEET-AGENT』は、法務など管理部門に特化した転職サイトです。
法務・CLO候補の非公開求人が多く「弁護士からベンチャー企業の法務に転職」「IPO準備中企業の法務求人」などを多数保有し、ハイキャリア向けの転職支援サービスと言えます。
また、『BEET-AGENT』では管理部門特化型ということもあり、法律事務所の勤務弁護士とインハウスローヤーの違いを踏まえて、アドバイザーから転職アドバイスを受けられます。
弁護士が、これまでのキャリアを一般企業で活かすために必要な考え方や、キャリアプランの組み立て方まで相談できるので、一度キャリア面談を申し込んでみてはいかがでしょうか。
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MS-Japan
『MS-Japan』は、管理部門に特化した転職エージェントとして25年の歴史を持ちます。
MS-Agentの強みは、25年の運営で培ったノウハウを十分に活かしたサポートが受けられることです。
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公式サイト:https://ms-japan.jp
まとめ
ベンチャー企業の法務は弁護士としての知見をビジネスに生かせる魅力的な職場です。
業務範囲が広く、仕事はハードですが、成長意欲が高い方や法律業務以外もいろいろやってみたいという方には適性があります。
経営リスクや年収面などの懸念材料もあるため、転職エージェントに相談しながら転職活動を進めましょう。