残業代請求
変形労働時間制の会社で働くときに知っておきたいこと|残業の計算やトラブル事例など
2023.11.02
変形労働時間制を適切に運用すれば、会社にとっても労働者にとってもメリットがあります。
しかし残念ながら、本制度が正しく運用されず労働者にとって不利益となっているケースもあるのは否めません。
たとえば、変形労働時間制でも残業代が発生することは多いですが、まったく支払われていないケースもあるのが事実です。
本記事では、変形労働時間制とは何かや制度の概要、残業代が発生する条件、本制度のメリット・デメリット、会社が変形労働時間制を適正に運用していない場合の相談窓口について解説しています。
本記事を読めば、自分が働いている会社が変形労働時間制を適切に運用しているか、運用していない場合はどうすればよいかが理解できるでしょう。
変形労働時間制とは、業務の特徴に合わせて労働時間を柔軟に設定できる制度です。
労働基準法では、原則として1日8時間週40時間の「法定労働時間」を超え労働者に働かせてはならないとしています。
労働者に法定労働時間を超え働かせる場合は、雇用主は時間外労働として残業代を支払わなくてはなりません。
けれど、業務の種類や性格によっては、1日8時間週40時間という労働時間の縛りがそぐわないケースがあります。
たとえば企業の人事部は、採用活動や年末調整などが繁忙期であり、繁忙期とそれ以外では仕事量に大きな差が生じるのが一般的です。
警備員のように常に同じペースで仕事があるわけでなく、1日の勤務時間が長くなりがちな業務の種類も少なくありません。
これら1日8時間週40時間というルールがそぐわない業務の場合、変形労働時間制を利用することで労働時間を柔軟に設定可能です。
雇用主からみれば、変形労働時間制の採用で残業代を抑制したり人員のリソースを柔軟に活用したりできるといったメリットがあります。
一方、労働者からみれば、閑散期に長期休暇を取りやすくなるなどのメリットがあるのです。
変形労働時間制には、以下4種類があります。
厚生労働省の調査(以下)によれば、令和4年時点で、変形労働時間制を採用している企業割合は64.0%にものぼっています。
企業規模別にみると、「1,000 人以上」が 77.9%、「300~999 人」が 69.7%、「100~299 人」が 66.1%、「30~99 人」が 62.4%となっています。
また、変形労働時間制の種類ごとの採用率をみると、「1年単位の変形労働時間制」が 34.3%、「1か月単位の変形労働時間制」が 26.6%、「フレックスタイム制」が 8.2%となっています。
以下、それぞれの種類の特徴をみていきましょう。
1つ目は、1ヵ月単位の変形労働時間制です。
1ヵ月単位の変形労働時間制では、以下表の範囲内で労働時間を設定できます。
休日の付与日数と連続労働日数の制限 | 週1日または4週4日の休日 |
1日の労働時間の上限 | – |
1週の労働時間の上限 | – |
1週平均の労働時間 | 40時間(特例44時間※) |
時間・時刻に関する会社からの指示 | ⚪︎ |
出退勤時刻の個人選択制 | – |
就業規則等への時間・日にちの明記 | ○(10人未満の事業場でも準ずる規程が必要) |
※常時10人未満の労働者を使用する小売業・旅館・診療所など特例事業の場合に適用されるルール
表にあるとおり、1ヵ月単位の変形労働時間制では1日・1週あたりの労働時間に上限はありません。
一方でまったく上限がないわけでなく、1ヵ月を通して1週間あたりの労働時間が平均40時間(特例44時間)とすることが必要です。
また、週1もしくは4週4日の休日を設定することが求められます。
1ヵ月単位の変形労働時間制は、おもに、1ヵ月以内の特定の期間に繁忙期と閑散期が繰り返されるような業務の場合に導入されています。
たとえば宿泊業・飲食サービス業・医療・福祉などの業種で、1ヵ月単位の変形労働時間制を採用するケースが多いです。
2つ目は、1年単位の変形労働時間制です。1年単位の変形労働時間制では、以下表の範囲内で労働時間を設定できます。
休日の付与日数と連続労働日数の制限 | 週1日 |
1日の労働時間の上限 | 10時間 |
1週の労働時間の上限 | 52時間 |
1週平均の労働時間 | 40時間 |
時間・時刻に関する会社からの指示 | ⚪︎ |
出退勤時刻の個人選択制 | – |
就業規則等への時間・日にちの明記 | ⚪︎ |
1年単位の変形労働時間制では、年間の平均労働時間が40時間/週以内であれば、労働時間の上限を10時間/日、52時間/週まで設定可能です。
1年単位の変形労働時間制は、1年を通じ特定の期間に繁忙期と閑散期が繰り返されるような業務の場合に導入されています。
たとえば春先に引っ越しシーズンを迎える引っ越し業や、冬に忙しくなるスキー場などが、本制度を導入することが多い業種の例です。
なお1年単位の変形労働時間制では、労働者を守る目的で以下の制限も設けられています。
3つ目は、フレックスタイム制です。
フレックスタイム制では、以下表の範囲内で労働時間を設定できます。
休日の付与日数と連続労働日数の制限 | 週1日または4週4日の休日 |
1日の労働時間の上限 | – |
1週の労働時間の上限 | – |
1週平均の労働時間 | 40時間(特例44時間※) |
時間・時刻に関する会社からの指示 | – |
出退勤時刻の個人選択制 | ⚪︎ |
就業規則等への時間・日にちの明記 | ⚪︎ |
※常時10人未満の労働者を使用する小売業・旅館・診療所など特例事業の場合に適用されるルール
フレックスタイム制は、労働時間の開始と終わりの時刻を労働者が自由に決定できる制度です。
ただし全て労働者の自由に決められるわけでなく、以下の条件があります。
またフレックスタイム制を採用する場合、企業は労働者に週1日もしくは4週4日の休日をとらせる必要があります。
3つ目は、1週間単位の非定型的変形労働時間制です。
1週間単位の非定型的変形労働時間制では、以下表の範囲内で労働時間を設定できます。
休日の付与日数と連続労働日数の制限 | 週1日または4週4日の休日 |
1日の労働時間の上限 | 10時間 |
1週の労働時間の上限 | – |
1週平均の労働時間 | 40時間 |
時間・時刻に関する会社からの指示 | ○ |
出退勤時刻の個人選択制 | – |
就業規則等への時間・日にちの明記 | ○ |
1週間単位の非定型的変形労働時間制を採用する場合、1週平均の労働時間が40時間/週以内であれば、1日の労働時間を上限10時間まで設定できます。
1週間単位の非定型的変形労働時間制は、週の中で日ごと・曜日ごとに繁閑の差が大きい事業所に適した制度です。
1週間単位の非定型的変形労働時間制を採用する場合、就業規則に記載しなくても労働時間を一週間単位で柔軟に調整できます。
なお本制度を導入できるのは、従業員30人未満の小売業・旅館・料理店・飲食店に限られるので注意してください。
これらの業種では、曜日ごとや天候などで繁閑に大きな差が生じます。
それらの状況を正確に予測して、就業規則に労働時間を記載することはできません。
そこで、本制度を活用し毎日の労働時間を調整できるようにしているわけです。
前述のとおり、8時間/日・40時間/週の法定労働時間を超えて労働者に時間外労働をさせる場合、原則として会社は残業代を支払う必要があります。
しかし変形労働時間制をとると、法定労働時間を超えて労働したとしても、就業規則で決めた所定労働時間内であれば、残業代を支払う必要はありません。
一方で、法定労働時間と所定労働時間の両方を超えて労働した分については、残業代を支払う必要があります。
具体的にどのようなことなのか、以下でみていきましょう。
1ヵ月単位(1年単位)の変形労働時間制の場合、以下にまとめた分が時間外労働時間となり残業代の支給対象となります。
たとえば月曜日に、所定労働時間が9時間で10時間働いた場合は、10時間-9時間=1時間が残業代の対象(時間外労働)となります。
火曜日に所定労働時間が7時間で8時間働いた場合は、所定労働時間を超えていますが、法定労働時間内(8時間内)の労働となるので残業代の対象になりません。
たとえば1週目に、所定労働時間が45時間で46時間働いた場合は、46時間-45時間=1時間が残業代の対象(時間外労働)となります。
2週目、所定労働時間が35時間で36時間働いた場合は、所定労働時間以上働いていますが、法定労働時間内(40時間内)の労働となるので残業代の対象となりません。
このように算出された時間外労働時間のうち、Aで算出された分を差し引くことで、Bの計算における時間外労働時間が導かれます。
変形期間が4週間の場合、以下のように計算されます。
これが変形期間において、法定労働時間の総枠となります。
実際に労働した時間から、この時間(この例では160時間)とA・Bで計算した時間を差し引いた分が、Cの計算における時間外労働時間となります。
これら計算式で導き出された時間外労働時間に対して、残業代が支払われることになるのです。
フレックスタイム制の場合、法定労働時間の総枠を超えた時間が残業代の対象(時間外労働)となります。
法定時間の総枠は原則として「1週間の法定労働時間(40時間)×清算期間の暦数/7日」で算出されます。
たとえば、期間が1ヵ月の場合、法定労働時間の総枠は以下のとおりです。
上記を超えて働いた時間が時間外労働となり、残業代支給の対象となるのです。
変形労働時間制の会社で働くメリット・デメリットは、以下のとおりです。
変形労働時間制の会社で働く主なメリットは以下のとおりです。
繁忙期にはいつもより長く働き閑散期には労働時間が短くなるので、仕事のメリハリがつきやすく効率の良い働き方ができます。
またワークライフバランスを保ちやすくなり、プライベートの充実もはかれるでしょう。
変形労働時間制の会社で働く、主なデメリットは以下のとおりです。
変形労働時間制では、所定労働時間内であれば1日8時間以上働いても残業代は支給されません。
そのため、1日8時間以上働けば残業代が支給される固定労働制に比べ残業代が減る可能性があるのです。
また変形労働時間制では、労働時間が日ごと時期ごとにかわるため、働くリズムが不規則になってしまうことも考えられます。
また繁忙期には長時間労働となり、しっかり体調管理しないと体調を崩す可能性がある点も注意しましょう。
変形労働時間制を採用している会社でのトラブル事例を4つ紹介します。
1つ目は、就業規則や労使協定に変形労働時間制の定めが記載されていない場合です。
記載されていなければ変形労働時間制は無効となります。
2つ目は、事前にシフトやシフトのパターンが決められていない場合です。
変形労働時間制を採用して、労働者に法定労働時間以上の労働を求めるのであれば、事前にシフトやシフトのパターンを決めておくことが必要です。
これらがきちんと就業規則などで規定されていない場合、会社の都合のよいように労働時間を決められてしまうかもしれません。
そのため、この事例では変形労働時間制が無効とみなされる可能性があるのです。
3つ目は、会社の都合で勝手にシフトを変えられてしまう場合です。
変形労働時間制では、労働者の同意を得ず会社が勝手にシフトを変更するような行為を認めていません。
4つ目は、36協定がない又は36協定に違反しているのに時間外労働をさせられている場合です。
36協定とは、会社が従業員に「時間外労働」や「休日労働」をさせる際に必要な協定で、会社が労働者の代表もしくは労働組合との間で締結する必要があります。
この協定を締結せず、労働者に時間外労働をさせることはできないのです。
変形労働時間制に関してトラブルがあった場合、以下の3つの窓口に相談してみましょう。
1つ目は、労働基準監督署に申告する方法です。
労働基準監督署とは、会社が法令を遵守しているかをチェックする機関で、全国に設置されています。
変形労働時間制が違法に運用されていれば労働基準法違反となるので、労働基準監督署が会社に是正勧告をしてくれる可能性があります。
2つ目は、労働条件相談「ほっとライン」です。
本窓口では、違法な時間外労働・過重労働による健康障害・賃金不払残業などのトラブルについて相談できます。
専門知識を持つ相談員が、法令・裁判例をふまえた相談対応や各関係機関の紹介などをおこなってくれます。
電話相談で誰でも無料で、全国どこからでも利用できます。
匿名での相談も可能です。
3つ目の相談先は、弁護士です。
弁護士には、変形労働時間制が適切に運用されず残業代が未払いになっているケースなど労働問題のトラブルについて相談できます。
弁護士は相談内容に応じて、法律の知識にもとづき有効なアドバイスをしてくれるでしょう。
また弁護士に対応を依頼することで、本人の代わりに会社と交渉したり裁判などの手続きをすすめてもらったりすることも可能です。
全国の弁護士を検索できるポータルサイト「ベンナビ労働問題」では、労働問題の対応を得意とする弁護士が多数登録されています。
都道府県別や無料相談の可否などさまざまな条件で希望にあう弁護士を簡単に探せるので、ぜひ活用ください。
ここでは変形労働時間制についてよくある質問を紹介します。
会社が変形労働時間制を適切に運用せず、違法性がみられる場合は以下の罰則が科せられる可能性があります。
労働基準法32条違反となり、6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金
労働基準法37条違反となり、6ヵ月以下の懲役または30万円以下の罰金
労働基準法10条違反となり、30万円以下の罰金(必要な周知をおこなわなかった場合も同様の罰則が科される)
変形労働時間制とよく比較される制度として、「みなし労働時間制」があげられます。
みなし労働時間制とは、実際に労働した時間に関わらず一定時間働いたものとみなして給与を支払う制度です。
みなし労働時間制は直行直帰が多い営業職など、会社が労働時間の把握が難しく労働者自身に管理を任せた方が効率的な場合に採用されます。
みなし労働時間制を採用することで、ワークライフバランスを保って多様な働き方を実現しやすくなるのです。
みなし労働時間制は、対象となる業種・業務ごとに以下の種類があります。
変形労働時間制とみなし労働時間制は、必ずしも実際の労働時間に応じて給与が計算されるわけでない点は共通しています。
しかし、制度の目的や対象となる業務・業種、労働時間の設定方法などはそれぞれ別々です。
たとえば直行直帰が多く会社が労働時間の管理が難しい営業職は、みなし労働時間制が適しています。
一方、曜日や時期などで繁閑に差がある人事部に適しているのは、労働時間を柔軟に決められる変形労働時間制です。
変形労働時間制とは、業務の特徴にあわせて労働時間を柔軟に設定できる制度です。
給与には、あらかじめ決められた分の残業代が含まれています。
変形労働時間制を会社が採用する場合、労働者側と必要な協定を結んだうえで、就業規則などで労働時間を規定することが必要です。
また、法定労働時間や就業規則などで定めた所定労働時間を超えて労働させた場合は、追加で残業代を支払う必要があります。
残業代がきちんと支払われないなど、変形労働時間制が適切に運用されていない場合は、まず自社の就業規則などを確認しましょう。
そのうえで、違反がみられる場合は、弁護士へ相談することをおすすめします。
弁護士に相談すれば、法律の専門知識に基づいて有効なアドバイスをしてくれるでしょう。
弁護士に対応を依頼すれば、依頼者にかわって会社と交渉するなどして是正を要求してもらえます。
弁護士を探す際は、全国の弁護士を検索できるポータルサイト「ベンナビ労働問題」の利用がおすすめです。
ベンナビ労働問題には、労働問題に注力する弁護士が多数登録されているうえに、地域別・無料相談の可否など希望条件別で弁護士を簡単に探す機能もあります。
労働問題で困っている際は、弁護士に相談し早期解決を目指しましょう。