遺留分
孫に遺留分はある?認められるケースと遺留分侵害額請求の手順をわかりやすく解説
2024.08.09
「特定の相続人に事業を継承させたい」
「あの相続人には財産を渡したくない」
このような事情があっても、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人には「遺留分」を主張する権利があります。
遺留分は一定範囲の法定相続人に保障された最低限の権利であるため、よほどの事情がない限り、遺留分を放棄させるできません。
遺言によっても奪えない権利です。
本記事では、遺留分を相手に放棄させる具体的な方法や、相手の意思によらずに遺留分を奪う方法について解説します。
また、実際に遺留分の請求を受けてしまったときの対処方法についてもお伝えします。
これから遺言を遺そうとする方にも、既に遺産分割協議を開始している方にも有益な情報ですので、ぜひ参考にしてください。
被相続人の生前におこなう遺留分放棄は、家庭裁判所で厳格に判断されます。
遺留分は、遺された相続人の生活を保障する意味もある重要な権利だからです。
遺留分放棄は、「長男に事業を継がせたい」、「前妻との子供に財産を渡したくない」といった被相続人や他の相続人の利益になることが多い一方、意思表示をする本人には不利益な結果をもたらしかねません。
被相続人や他の相続人による強い圧力によって本人の意思表示がなされることを避けるため、遺留分の放棄は家庭裁判所で慎重に判断されるのです。
また、生前の遺留分放棄の申し立ては、遺留分を放棄する本人にしかできません。
本人が自分の意思に基づいて手続きするよう、説得する必要があります。
被相続人の生前に遺留分を放棄させるには、以下の2つの方法があります。
それぞれ詳しく解説します。
被相続人の生前に遺留分権利者が遺留分を放棄するには、遺留分を放棄する本人が家庭裁判所に遺留分放棄の申し立てをしなければなりません(民法1049条)。
遺留分放棄は被相続人や他の相続人の利益になる一方、意思表示する本人にとっては権利の放棄でしかありません。
遺留分放棄を申し立てたのが本人だとしても、外からの圧力によって手続きをおこなっている可能性もあります。
そのため家庭裁判所では、本人に遺留分放棄をする合理的な理由があるかを客観的に判断します。
申し立て人、申し立て先、時期、必要書類、費用は以下のとおりです。
申し立て人 | 遺留分を放棄する本人 |
申し立ての時期 | 被相続人の生前 |
申し立て先 | 被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所 |
必要書類 | ・申し立て書(書式はこちら) ・被相続人の戸籍謄本 ・申し立て人の戸籍謄本 |
費用 | ・収入印紙800円分 ・連絡用の郵便切手 ※申し立て先の裁判所によって異なる |
【参考】遺留分放棄の許可|裁判所
遺留分放棄の申し立てがなされると、家庭裁判所は下記の3つの点で判断します。
全ての判断基準を満たした場合のみ、遺留分の放棄が認められます。
申し立て人が積極的に遺留分放棄する意思をもっているかは、非常に重要な判断ポイントです。
申し立て人が手続きの内容を十分に理解していなかったり、被相続人や他の相続人に強制されて手続きをおこなっていたりする可能性があるからです。
例えば、父親が結婚を許す代わりに娘に遺留分放棄の申し立てをさせた事例では、娘の遺留分放棄に被相続人となる父親の強い干渉があったとみなされ、申し立てが却下されました。
遺留分放棄では、申し立て人の自由意思に基づくかどうかを、家庭裁判所が厳格に判断します。
遺留分放棄が認められるためには、客観的に見て合理的な理由がなければなりません。
遺留分放棄に合理的な理由がないと、1.の「申し立て人本人の自由意思」が疑われるからです。
例えば、被相続人である父と、長男・次男がいたとします。
長男は、「自分は十分に経済的な支援を受けたので、兄弟で不公平にならないよう、父の死後は次男に全ての財産を相続してほしい。そのために、自分は遺留分を放棄したい。」と考えました。
これは客観的に見て合理的な理由といえます。
一方、長男が「父とは不仲だから、財産はいらない。」「自分は自立して経済的に安定しているので、父の死後も心配ない。次男は収入が不安定で心配だから、次男に全ての財産を遺してほしい。」との理由で遺留分を放棄しようとしているのであれば、これは客観的に見て合理的な理由であるとは認められません。
また、合理的であるかの判断には、次に解説する「十分な代償を獲得できているかどうか」も関係します。
申し立て人本人が「遺留分を放棄するだけの代償を受けている」と判断されれば、遺留分放棄が認められます。
例えば、被相続人である父が、後妻との子供Aに事業を承継させるために、前妻との子供Bに遺留分を放棄させようと考えているとします。
このとき、前妻との子供Bに相応の見返りがない状態で遺留分放棄だけが申し立てられると、放棄の強制や圧力が疑われます。
遺留分に見合うだけの生前贈与を受け取っていなければ、申し立て人には不利益しかないため、家庭裁判所の許可はおりにくいでしょう。
特定の相続人が被相続人に対して著しい虐待や侮辱をしたり、非行行為をおこなったりした場合、その相続人に財産を相続させないよう、あらかじめ家庭裁判所に請求することができます。
この手続きを「推定相続人の廃除」といいます(民法第892条)。
推定相続人の廃除をおこなうと、遺留分だけでなく、財産を相続する権利を奪うことができます。
推定相続人の廃除には、申し立てる時期によって2つの方法があります。
申し立て人となれるのは被相続人のみで、廃除できる推定相続人は遺留分権利者である相続人のみです。
遺留分をもたない相続人に対しては、遺言で「相続人Aには相続権を与えない」と言及すれば、家庭裁判所の手続きを介さなくても廃除することができます。
推定相続人の廃除は、申し立てれば誰でも廃除できるわけではありません。
以下のいずれかに当てはまる必要があります。
単に不仲だっただけでは足りません。
以下の裁判例のように、親子・家族間の関係が破壊されたと認められるほどの「著しい非行や虐待」があった場合のみ、相続人廃除は認められます。
<ケース1>
被相続人夫婦と養子縁組をしてその娘と婚姻した者が、被相続人夫婦からの多額の金銭的援助を受けていたにも関わらず、被相続人が病気に陥っても看病せずに愛人と出奔し行方不明になったケース。
著しい非行に該当すると判断され、相続人の廃除が認められた。(横浜家裁昭和55年10月14日審判)
<ケース2>
長男が被相続人の金品を無断で消費し、多額の支払いを押し付けたうえ、注意した被相続人に対して暴力をふるって出奔し、行方不明になったケース。
親子関係・相続共同関係の破壊があると判断され、相続人の廃除が認められた。(岡山家裁平成2年8月10日審判)
相続人廃除をした相続人に子供がいる場合には、注意が必要です。
廃除が認められても、子供がいる場合は代襲相続が発生し、廃除した者の子供が相続人となってしまうからです。
子どもが廃除された相続人と生計を同じくしている場合、実質的に相続人廃除の効果が及ばなくなってしまいます。
相続人廃除を申し立てても、実際に認められるケースは非常に限定されています。
相続人の意思に関わらず、遺留分を含む相続権そのものをはく奪する相続人廃除は、遺留分の放棄以上に厳格に判断される必要があるからです。
家庭裁判所の統計によると、令和2年度に取り扱った「推定相続人の廃除及びその取り消し」の件数は310件で、そのうち昨年から引き続いての審理が112件、新規での申し立てが198件でした。
この310件のうち、令和2年度内に解決した事件は185件で、申し立てが認められたのは23%程度でした。
【審判の結果】
申し立ての認容:43件
申し立ての却下:80件
申し立ての取り下げ:60件
その他:2件
この件数には廃除の取り消しの申し立ても含まれるため、実際の割合はさらに少ないでしょう。
【参考】令和2年度 家事事件の種類別新受,既済,未済件数 全家庭裁判所
被相続人の死後に遺留分を放棄させるのであれば、裁判所を介した手続きは必要ありません。
被相続人の死後に、放棄に対する被相続人からの圧力があったとは考えにくいからです。
そのため、本人からの放棄の意思表示のみで認められます。
被相続人の死後、相続が開始した後に遺留分を放棄させる場合、まずは任意で遺留分を放棄してもらえないか話し合いましょう。
合意が得られたら、「遺留分を請求する権利を放棄する」旨を合意書面にして残しておきましょう。
また遺留分請求の時効は1年です。
相続発生と遺留分が侵害されていることを知ってから1年以内に「遺留分を請求する」という意思表示をしなければ、時効により権利は消滅します。
つまり、遺留分を放棄させたい人が1年以内に何もしなければ、遺留分を放棄したのと同じ状態になります。
遺留分の請求を受けた場合は、まず以下の4点を確認します。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
まずは相手が遺留分権利者かどうかを確認しましょう。
遺留分をもつ相続人の範囲は限られています。
遺留分を請求できるのは、配偶者、直系卑属(子、孫)、または直系尊属(父母、祖父母)です。
相手が遺留分を請求する権利をもつ相続人であるか、また、その遺留分を失う理由がないかを確認しましょう。
以下のような場合、相手には遺留分請求権はありません。
前述したように、遺留分の請求には時効があります。
「相続が開始したこと」「遺留分が侵害されていること」の両方を知ってから1年、または相続が開始してから10年です。
また、1年以内に遺留分請求の意思表示をしたとしても、意思表示から5年以内に具体的な請求行為をおこなわないと、「金銭を請求する権利」の時効が完成し、金銭請求の権利を消失します。
遺留分請求の意思表示は内容証明郵便でおこなわれることが多いため、郵便を受け取った日付を見て、時効が成立していないかを確認しましょう。
時効にかかっている場合、「時効の援用」の手続きで時効の成立を主張すれば、支払いを免れる可能性があります。
相手が遺留分権利者で、時効が成立する前に遺留分を請求していることが確認できたら、次は請求額が正しい金額か計算しましょう。
遺留分権利者が被相続人から多額の生前贈与を受けている場合には、遺留分が発生しないことがあります。
特定の相続人が被相続人から受けた特別な利益のことを「特別受益」といいます。
遺留分請求額を算定する際に特別受益を差し引くため、計算結果が0またはマイナスになると、遺留分を請求することはできません。
遺留分は以下のように3段階の式で算出します。
<①財産基礎額の算定式>
遺留分を算定するための財産の基礎額=遺産総額-債務+生前贈与(※)
(※)1年以内の贈与、及び相続人に対する10年以内の生前贈与に限る
次に遺留分で保障されている金額を計算します。
<②遺留分算定式>
遺留分=遺留分を算定するための財産の基礎額×全体に占める遺留分の割合×法定相続分の割合
遺留分を計算できたら、次は請求できる遺留分の金額を計算します。
<③遺留分請求額の算定式>
請求できる遺留分の金額=遺留分-相続した財産額+相続した債務-特別受益
具体例を見てみましょう。
計算結果がマイナスとなるため、B は遺留分を請求できない。
遺留分権利者から適正な額の遺留分請求を受けたら、支払わざるを得ません。
遺留分は被相続人の遺言でさえ奪えない相続人の最低限の権利だからです。
遺留分を請求すると、遺留分請求者には「金銭を請求する権利」が発生します。
金銭を請求されているにも関わらず、正当な理由なく支払いを拒めば、最終的には訴訟提起され、判決を取られて財産を差し押さえられる可能性もあるのです。
相続人に遺留分放棄させるためには、相手と交渉し、納得してもらうことが大切です。
いずれの方法でも相手に不利益を強いるため、遺留分に見合うだけの代償を渡すことも検討しましょう。
本人の意思で遺留分放棄の申し立てをしても、「不仲だから」「財産を十分に持っているから」などの理由では不十分です。
裁判所に認められるには、合理的な理由があることと、放棄に見合う代償を受け取っていることが必要です。
また、親子・家族関係を断絶するほどの虐待や非行がある場合には、「推定相続人の廃除」により、特定の相続人の相続権をはく奪できます。
遺留分は相続人にとって、法律で守られた最低限の権利です。
他人が放棄を強要することはできません。
その点を踏まえたうえで、どのような条件なら相手が納得してくれるかを考えましょう。