労働災害
労働災害を報告してくれなければ労災申請できない?労災申請の方法を解説
2023.08.30
業務中や通勤中に労働災害が発生した場合、一定条件のもとで労災保険による補償を受けられます。
しかし、会社に労災保険の申請を協力してもらえず、今後どうなってしまうのか、どう対処すればよいのかと、不安を抱えている人も少なくないでしょう。
そこで本記事では、労災保険の基礎知識や会社に労災隠しされたときの対処法を紹介します。
労災保険を利用できないとどうなるのかも詳しく解説するので、ぜひ最後までチェックしてみてください。
労働災害とは、業務や通勤が原因となって傷病を負ったり、死亡したりすることです。
労災保険法では、以下のように労災保険の給付対象となる労働災害を定義しています。
第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
一 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
二 略
三 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
四 略
②〜③ 略
引用元:労災保険法 | e-Gov法令検索
労働災害には身体的なけがだけではなく、職場環境に起因する精神疾患や過労死なども該当します。
ただし、自然災害など、業務や通勤とは無関係なものが原因になっている場合は、労働災害に認められない可能性があるので注意してください。
なお、労働災害が発生した場合、労災保険に加入している労働者やその遺族は、国から労災保険の給付を受けることができます。
労災保険上の労働災害は、業務災害と通勤災害の2種類に分けられます。
それぞれの特徴を詳しく見ていきましょう。
業務災害にあたるかどうかは、業務遂行性と業務起因性の2つの基準で判断されます。
つまり、事業主の管理下にあったかどうか、災害の原因は業務にあったのかどうかが重要です。
たとえば、仕事が終わったあとに自由参加の飲み会へ出席し、転倒してけがしてしまった場合などは業務遂行性を認めてもらえる可能性は低いと考えられます。
また、業務中であっても台風などの自然現象によって負傷した場合は、業務起因性を証明するのは難しいでしょう。
通勤災害が認められるには、合理的な経路および方法で通勤していた事実がなければなりません。
たとえば、買い物や子どもの送迎などで会社に申告している通勤経路を大きく外れた場合、もし事故に遭ったとしても通勤災害には該当しない可能性があります。
ただし、日常生活上必要な行為のために通勤経路を外れたと認められる場合には、通勤災害とする例外があります。
なお、適切な通勤方法といえるのであれば、徒歩や自転車だけでなく、公共交通機関でのけがなども通勤災害の対象です。
第七条 ① 略
② 前項第三号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
③ 労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第三号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。
引用元:労災保険法 | e-Gov法令検索
労災隠しとは、労働安全衛生法上の労働者死傷病報告を怠る行為のことです。
厚生労働省では、労災隠しを以下のとおり定義しています。
最近、労働災害の発生に関し、その発生事実を隠蔽するため故意に労働者死傷病報告書を提出しないもの及び虚偽の内容を記載して提出するもの(以下「労災かくし」という。)がみられるが、このような労災かくしが横行することとなれば、労働災害防止対策を重点とする労働基準行政の的確な推進をゆるがすこととなりかねず、かかる事案の排除に徹底を期する必要がある。
引用元:基発第687号(平成3年12月5日)|厚生労働省
詳しくは後述しますが、労働者がけがをした場合などは、会社が労働基準監督署に対して報告しなければなりません。
そのとき、事故の事実を隠そうとする意図をもって報告をあえてしない、または虚偽の報告をおこなう行為を「労災隠し」と呼びます。
単に書類の提出を忘れていたようなケースは、一般的に労災隠しに該当しません。
また、労災隠しには、労災保険法上の助力義務違反を含めることもあります。
たとえば、保険給付を受けるべき事由があるにもかかわらず、必要な証明をしてもらえない場合などは、労災隠しにあたるといえるでしょう。
労働者死傷病報告とは、労働災害などが生じた際におこなう事故報告のことです。
労働者が死亡したり、4日以上休業したりすることになった場合、会社は遅滞なく速やかに報告しなければなりません。
休業が4日未満の事故は、3ヵ月分取りまとめて報告する流れになります。
なお、事故が発生しても、労働者が休業しなかった場合は報告書の提出は不要です。
通勤災害は労災保険の対象ではありますが、労働者死傷病報告の対象からは外れます。
厚生労働省の調査によると、2021年の報告義務違反による送検数は103件にのぼります。
なかでも送検数が多いのは、土木工事業・建築工事業・その他の建設業です。
送検数は56件に及び、全体の半数以上を占めています。
ただし、労災隠しはさまざまな業種でおこなわれているため、ご自身が巻き込まれる可能性も十分あることは理解しておきましょう。
労災隠しをおこなった場合、50万円以下の罰金を科されることがあります。
単に報告を怠っただけでなく、虚偽の内容で報告していたケースも同様です。
また、労災隠しが判明した会社は、国や自治体のホームページなどで公開されることもあります。
金銭面だけではなく、大きな社会的ダメージを受けることも覚えておきましょう。
以下のような事態が発生した場合、会社は労働者死傷病報告をおこなわなければなりません。
では、それぞれ詳しく解説していきます。
労働者が休憩中に社内の設備によりけがを負った場合、会社は労働者死傷病報告をおこなう必要があります。
たとえ休憩中であっても、「事業場内若しくはその附属建設物内における負傷」に該当するケースが多いためです。
たとえば、休憩中に階段で転んでけがをした場合でも、会社には報告義務が発生します。
出張先やその宿泊先などで労働者にけがや病気が生じた場合も、労働者死傷病報告が必要です。
業務の一環として出張している限り、移動中や宿泊先での傷病は基本的に業務災害にあたります。
たとえば、出張先で交通事故に遭った場合や、ホテルで火災被害に遭った場合などは、労働者死傷病報告の対象となるでしょう。
ただし、業務とまったく関係のない観光地での事故など、私的行為に起因するケースでは業務災害とは認められず、会社にも報告義務は発生しません。
会社が労働者死傷病報告をしなくてもよいケースとしては、以下のような場合が考えられます。
では、それぞれ詳しく見ていきましょう。
通勤中の事故(通勤災害)は、労働者死傷病報告の対象外です。
通勤災害は労災保険の対象ではあるものの、会社が労働者死傷病報告の義務を負うことはありません。
ただし、通常時とは異なる就業場所への移動は通勤ではなく、業務にあたります。
たとえば、自宅から営業場所に直行する道中で事故に遭った場合は、労働者死傷病報告の対象である業務災害にあたる可能性が高いといえるでしょう。
そもそも被災者が、労働安全衛生法上の労働者に該当しない場合も、労働者死傷病報告は必要ありません。
労働安全衛生法では、労働基準法と同様の考え方で労働者を定義しています。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 略
二 労働者 労働基準法第九条に規定する労働者(同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者及び家事使用人を除く。)をいう。
三〜四 略
引用元:労災保険法 | e-Gov法令検索
(定義)
第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
引用元:労働基準法 | e-Gov法令検索
たとえば、同居親族だけを使用する事業場で働く人や家事使用人、船員などは対象外とされています。
ただし、基本的にはほぼ全ての労働者が、労働安全衛生法上の労働者に該当するといえるでしょう。
次に、労災隠しされて、労災保険を利用できない場合のデメリットを解説します。
いざというときに焦らなくていいように、最低限の知識は身につけておきましょう。
労災隠しをされると、治療費を全額自己負担しなければなりません。
普段、風邪をひいて通院する際は健康保険が使えるので、自己負担は3割程度に抑えられています。
しかし、健康保険の対象は、業務外の事由による負傷などです。
業務中の事故にともなう治療費に関しては、健康保険の給付が受けられない場合があります。
業務中に生じたけがなどの治療費は、労災保険の適用を受けられない限り、全て自己負担となる可能性があります。
入院を要する場合など、状況次第では高額な費用負担が生じることもあるでしょう。
労災隠しがおこなわれると、休業が必要になったり、障害が残ったりした場合でも労災保険の給付(補償)が受けられません。
では、それぞれのケースを詳しく見ていきましょう。
休業補償給付とは、4日以上休業した場合に支給される給付金のことです。
労災保険が適用されると、1日当たりの賃金額の8割が休業日数分だけ給付されます。
支給期間の定めもないので、休業している間は一定の収入を得ることが可能です。
なお、療養を始めてから1年6ヵ月後にけがや病気が治っておらず、傷病(補償)年金等級の1級~3級に該当する場合は休業補償給付が打ち切られ、傷病(補償)年金に切り替わります。
障害補償給付とは、病気やけがは治ゆしたものの、障害を負ってしまったときに支給される給付のことです。
障害等級が8級~14級に該当する場合は障害補償一時金、1級~7級に該当する場合は障害補償年金が支給されます。
また、障害補償一時金や障害補償年金とは別に、障害等級に応じた障害特別支給金が支給されることも覚えておきましょう。
障害等級 | 障害補償一時金・障害補償年金 | 障害特別支給金 |
第1級 | 給与基礎日額の313日分が毎年支給 | 342万円 |
第2級 | 給与基礎日額の277日分が毎年支給 | 320万円 |
第3級 | 給与基礎日額の245日分が毎年支給 | 300万円 |
第4級 | 給与基礎日額の213日分が毎年支給 | 264万円 |
第5級 | 給与基礎日額の184日分が毎年支給 | 225万円 |
第6級 | 給与基礎日額の156日分が毎年支給 | 192万円 |
第7級 | 給与基礎日額の131日分が毎年支給 | 156万円 |
第8級 | 給与基礎日額の503日分が一時金として支給 | 65万円 |
第9級 | 給与基礎日額の391日分が一時金として支給 | 50万円 |
第10級 | 給与基礎日額の302日分が一時金として支給 | 39万円 |
第11級 | 給与基礎日額の223日分が一時金として支給 | 29万円 |
第12級 | 給与基礎日額の156日分が一時金として支給 | 20万円 |
第13級 | 給与基礎日額の101日分が一時金として支給 | 14万円 |
第14級 | 給与基礎日額の56日分が一時金として支給 | 8万円 |
労災隠しに伴い労災保険の協力が得られなかった際の対処法としては、以下の3つが挙げられます。
労災隠しされたときは、焦らず冷静に対処することが大切なので、しっかりとポイントを押さえておきましょう。
まずは、会社に対して協力を求めることが大切です。
しかし、会社によっては理由をつけて、労災隠しを突き通そうとしてくることもあるでしょう。
これから、よくある言い訳の例とその対処方法を紹介するので参考にしてみてください。
そもそも、会社自体が労災保険に加入していないと言っている場合、多くの場合は嘘をつかれていると考えてよいでしょう。
一部の農林水産事業を除いて、一人でも労働者を雇っている会社には労災保険に入る義務があります。
労災保険に加入していないと言われても、安易に信用しないようにしましょう。
万が一、会社が労災保険に加入していない場合でも、労働者は労災の給付を受けとることが可能です。
労災保険は強制的に適用されるものなので、たとえ会社が保険料を払っていなくても労働者は保護されます。
正社員でなければ労災報告はできないといわれた場合も、信用する必要はありません。
労災保険は正社員だけでなく、アルバイト・パート・派遣社員など、雇用形態に関係なく適用されます。
全ての労働者は、労災の給付を受けられることを覚えておきましょう。
なお、派遣で勤務している場合、労災の手続きは派遣元でおこなわれます。
勤務中に事故などがあったときには、派遣元と連絡を取り合って手続きを進めていくケースが一般的です。
会社の規定で労災とは認められないなどと言われたときも、真に受けないようにしてください。
労災と認めるかどうかを判断するのは会社ではなく、労働基準監督署です。
もしかすると、勤務中のけがなどに関する取り決めが、契約書に記載されているかもしれません。
しかし、その場合でも法律が優先され、契約書の内容は無効となるので安心してください。
どうしても会社の協力が得られない場合は、自ら労災保険の申請手続きをおこないましょう。
そもそも労災保険の給付申請ができるのは、本人またはその遺族です。
会社が手続きをおこなう場合でも、あくまで代行しているだけに過ぎません。
会社が積極的に動いてくれないのであれば、ご自身で申請することをおすすめします。
労災保険の申請書類は、最寄りの労働基準監督署や厚生労働省ホームページなどで入手可能です。
なお、申請書には会社に記入してもらう項目もありますが、会社に協力を拒否されたことを示す書類を添付すれば問題ありません。
労災隠しにあったときは、弁護士に相談することも検討してみましょう。
労働災害・労災申請に関しては、さまざまな法的手続きを伴います。
法律の知識のない個人が一人で対応しようとしても、トラブルの複雑化・長期化を招く原因になりかねません。
また、弁護士に相談する場合は、労働災害・労災申請を得意とする人物を選ぶことが大切です。
弁護士にもそれぞれ得意分野があります。
専門的な知識と経験を有する弁護士に依頼すれば、スムーズなトラブルの解決が期待できるでしょう。
弁護士探しに迷ったときは、ぜひベンナビ労働問題を活用してみてください。
ベンナビ労働問題には、労働問題の取扱実績が豊富な法律事務所が多数掲載されています。
地域や相談内容を絞り込んで検索できるので、ご自身にぴったりの弁護士が見つかるはずです。
ここからは、労災隠しに関するよくある質問を紹介します。
疑問を解消しておくことはスムーズな手続きにもつながるので、ぜひチェックしてみてください。
労災事故が発生した場合、会社は労働基準監督署に対して、労災保険の請求と労働者死傷病報告の提出をおこなう必要があります。
会社側としては、速やかな状況把握をおこなったのち、労災保険給付の請求書を労働基準監督署長に提出します。
労災保険の請求時には以下のような情報が必要になるので、労働者側でも事前に把握しておくとよいでしょう。
請求書の提出後は、労働基準監督署による審査がおこなわれ、労災が認定されると給付を受け取れるようになります。
労災が認められなかった場合は、管轄の労働局に審査請求を申し立てることも可能です。
また、会社は労災の請求とは別に労働者死傷病報告も提出しなければなりません。
休業が4日未満の場合の事例は、3ヵ月分を取りまとめて指定の期限までに提出します。
災害の発生日と提出期限については、以下のとおりです。
災害発生日 | 提出期限 |
1月~3月 | 4月末日 |
4月~6月 | 7月末日 |
7月~9月 | 10月末日 |
10月~12月 | 翌年1月末日 |
労働者が死亡したり、4日以上休業したりした場合は、災害発生後遅滞なく労働者死傷病報告を提出する必要があります。
会社が労災隠しをおこなう理由は、主に以下のようなものが挙げられます。
労働基準監督署の調査が入ると、会社に対して行政処分が下される可能性も否定できません。
官公庁との取引が停止するケースもあるので、労災の事実を隠そうとする会社が出てきてしまいます。
単に労災申請の手続きが面倒だという理由で、労災隠しをおこなう会社も存在します。
特に、労災が起きることを想定しづらい業種では、どのような手続きを踏めばよいのかわからず、労働者と会社との話し合いだけで済ませてしまう事例も少なくありません。
企業のイメージ低下を防ぐことも、労災隠しの主たる原因のひとつです。
大きな事故が発生した場合などは、会社に対する世間からの印象が悪くなってしまいます。
その結果、自社商品が売れなくなったり、取引が打ち切られたりすることも考えられるでしょう。
業績の悪化を防ぐために、労災隠しをおこなってしまう会社も決して珍しくありません。
多くの場合、労働者による労災保険の申請をおこなわれた場合に、会社側の労災隠しが発覚します。
労災の申請を会社が協力してくれない場合でも、労働者自身が労働基準監督署に対して直接申請することは可能です。
労働者からの申請を受けた労働基準監督署は、事実関係などを調査するために会社を巻き込むため、その過程で労災隠しが発覚する事例は実際に存在します。
国が労災隠しを減らそうとしているのは、以下のような理由があるためです。
そもそも、労災隠しは法律違反です。
多くの弊害を招く、悪質な行為であることを改めて理解しておきましょう。
労働災害や労災申請の悩みは、できるだけ早く弁護士に相談し、早期解決を試みましょう。
労働関係のトラブルには、さまざまな法的問題が伴います。
個人の力で解決しようとしても、間違った方向に進んでしまい、トラブルの複雑化・長期化を招いてしまうかもしれません。
弁護士に頼れば、会社との交渉をはじめ、訴訟に発展した場合の手続きも代行してもらえます。
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