交通事故にあってしまった方のなかには「自動車損害賠償保障法」という言葉を聞いたことがある方もいるでしょう。
しかし「具体的にどんな法律なのだろう?」「自動車損害賠償保障法と自賠責保険の関係は?」などの疑問を抱えている方もいるのではないでしょうか?
本記事では、自動車損害賠償保障法の概要や、制定された背景を解説します。
交通事故の被害にあった方に知っておいてほしい制度も紹介するので、ぜひ参考にしてください。
自動車損害賠償保障法とは?交通事故による被害者を守るための法律のこと
自動車損害賠償保障法(自賠法)とは、交通事故で死傷した被害者を守るために、1955(昭和30)年に制定された法律です。
法律の目的について、自動車損害賠償保障法には以下のように記載されています。
(この法律の目的)
第一条この法律は、自動車の運行によつて人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立するとともに、これを補完する措置を講ずることにより、被害者の保護を図り、あわせて自動車運送の健全な発達に資することを目的とする。
自動車損害賠償保障法に基づき、車を運転する人は必ず自賠責保険に加入しなければなりません。
未加入のまま車を運転していた場合は、罰則を受けることになるので注意しましょう。
自動車損害賠償保障法が制定された背景・理由
自動車損害賠償保障法が制定された背景には、自動車の保有台数が増え、交通事故が激増したことがあります。
自動車損害賠償保障法が制定された当時は、交通事故の加害者に十分な賠償能力がなく、被害者が適切な損害賠償を受けられないケースが続出していました。
そこで、自動車損害賠償保障法を制定して自賠責保険をつくり、運転者に加入を義務付けたのです。
自賠責保険に加入していれば、自賠責保険から保険金が支払われるので、交通事故の加害者に賠償能力がなくても被害者を救済できます。
このように、交通事故の被害者救済を実現するために制定されたのが、自動車損害賠償保障法です。
令和4年(2022年)の自動車損害賠償保障法の改正ポイント
自動車損害賠償保障法は、2022(令和4)年に一部改正されました。
この改正の主なポイントは以下のとおりです。
【令和4年の自動車損害賠償保障法の改正のポイント】
- 「この法律の目的」の一部変更
- 「時効の完成猶予」に関する条項の新設
- 「訴訟手続の中止」に関する条項の新設
- 政府の被害者保護増進等事業の「業務」や「被害者保護増進等計画」「助成」に関する条項の新設
- 政府の自動車損害賠償保障事業の「業務」に関する条項の変更
- 特別会計の目的・勘定区分、自動車事故対策勘定の基金・積立金に関する条項の変更
新たな条項の追加や、従来の条項の変更などがなされています。
【参考】令和4年自動車損害賠償保障法(自賠法)の改正|国土交通省
自動車損害賠償保障法の二大制度|自賠責保険制度と政府保障事業
自動車損害賠償保障法で定められている制度は、大きく自賠責保険制度と政府保障事業に分かれます。
ここでは、それぞれの制度について解説します。
1.自賠責保険・共済|全ての自動車に加入することが義務付けられた強制保険のこと
自賠責保険・共済は、交通事故の被害者を救済するための制度のことです。
正式名称は「自動車損害賠償責任保険及び自動車損害賠償責任共済」」で、被害者への損害賠償支払い・重度の後遺障害の治療をおこなう病院の運営など、さまざまな形で被害者救済をおこなっています。
なお、自賠責保険・共済は人身事故による人的損害に対して補償される制度なので、物損事故は補償の対象外です。
全ての自動車に加入が義務付けられており、未加入のまま運転した場合は罰則が科されます。
2.政府保障事業|無保険車による事故やひき逃げ事件の場合に政府が補償する制度のこと
政府保障事業とは、交通事故の加害者が自賠責保険に加入していない場合に、政府が代わりに損害を補てんする制度です。
加害者が自賠責保険に未加入の場合、被害者は十分な補償を受けられない可能性があります。
そのため、政府保障事業を定め、加害者が自賠責保険に入っていなくても、被害者救済を実現できるようにしているのです。
また、政府保障事業は、ひき逃げ事故の場合にも役立ちます。
ひき逃げ事故では加害者を特定できないため、加害者の自賠責保険に補償を請求することができません。
そこで、政府保障事業を利用することで、加害者を特定できなくても補償を受けられる仕組みをとっています。
このように、政府保障事業は無保険車による事故やひき逃げ事故の被害者を守るために重要な役割を担っているのです。
自動車損害賠償保障法によって定められている自賠責保険制度の主な特徴
自動車損害賠償保障法で定められている制度の一つである自賠責保険制度には、主に以下の3つの特徴があります。
それぞれ詳しくみていきましょう。
1.治療費や慰謝料など人身事故に伴う損害全般がカバーされる
1つ目の特徴は、人身事故によって発生した損害の一定額が補償されることです。
補償される範囲や支払われる金額は事故の内容によって異なりますが、けがの治療費・慰謝料・休業損害など、さまざまな損害を最低限カバーすることができます。
補償範囲と支払限度額は以下の表のとおりです。
事故の内容 | 補償範囲 | 支払限度額 |
---|---|---|
傷害 | ・治療関係費 ・文書料 ・休業損害 ・慰謝料 | 最高120万円 ※死亡するまでのけがによる損害も含む |
後遺障害 | ・逸失利益 ・慰謝料 など | 75万〜4,000万円 ※後遺障害等級により異なる |
死亡 | ・葬儀費用 ・逸失利益 ・慰謝料(本人および遺族) | 最高3,000万円 |
「逸失利益」とは、交通事故にあわなければ将来受け取れたはずの利益のことです。
交通事故により後遺障害が残った場合、事故前よりも仕事のパフォーマンスが下がってしまったり、退職を余儀なくされたりして、収入が減ってしまうことがあるでしょう。
また、交通事故で被害者が死亡した場合、遺族は本来もらえたはずの収入を失うことになります。
そこで逸失利益を請求することで、交通事故によって生じた将来の損害をカバーすることができるのです。
なお、後遺障害が死亡よりも支払限度額が高いのは、将来的に多額の費用がかかるためです。
後遺障害が残った場合、介護サービスの利用や家のリフォームが必要となることがあります。
死亡の場合に比べ金銭的な負担が大きいので、後遺障害の支払限度額が最も高くなっているのです。
2.被害者が損害保険会社に対して直接保険金を請求できる
2つ目の特徴は、被害者が直接保険金を請求できることです。
自賠責保険に保険金を請求する方法には「加害者請求」と「被害者請求」の2つがあります。
加害者請求は、加害者が被害者に損害賠償を支払った場合に、加害者が自賠責保険に保険金を請求する方法です。
加害者から十分な損害賠償金を受け取れる場合は、基本的に加害者請求で問題ありません。
しかし、加害者に賠償能力がなく必要な補償を受けられない場合は、被害者が自賠責保険に直接請求する「被害者請求」という方法を取ることが可能です。
被害者請求については、自動車損害賠償保障法の第16条第1項で定められています。
(保険会社に対する損害賠償額の請求)
第十六条 第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。
被害者請求をおこなうことで、加害者から十分な損害賠償金を受け取れなくても、自賠責保険から必要な補償を受けることが可能です。
加害者の賠償能力にかかわらず、被害者がきちんと守られるように定められた制度といえます。
3.損害額の確定前に保険金を受け取れる仮渡金制度がある
3つ目の特徴は、損害額が決定する前に保険金を受け取れる「仮渡金制度」があることです。
通常、自賠責保険の保険金は、治療費や休業損害などの損害額が確定してからでないと請求できません。
しかし、損害額の確定までにはかなりの時間がかかることもあり、人によっては保険金がなかなか受け取れないことで生活に支障が出る場合もあるでしょう。
仮渡金制度を利用すれば、損害額の確定を待たずに保険金の一部を受け取れるので、経済的な負担や生活への影響を抑えることができます。
仮渡金制度は、自動車損害賠償保障法の第17条で定められています。
(被害者に対する仮渡金)
第十七条保有者が、責任保険の契約に係る自動車の運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、政令で定める金額を第十六条第一項の規定による損害賠償額の支払のための仮渡金として支払うべきことを請求することができる。
なお、仮渡金制度を利用した場合に受け取れる保険金額は、以下のとおりです。
事故の内容 | 仮渡金額 |
---|---|
傷害 | 傷害の程度に応じて5万円・20万円・40万円のいずれか |
死亡 | 290万円 |
上記の表のとおり、事故の内容や傷害の程度により金額が一律で決められているので、請求の際に損害額を計算する必要がありません。
当面の生活に必要なお金を工面したい場合に役立つ制度といえます。
自賠責保険に加入せずに自動車を運転した場合の罰則
自動車損害賠償保障法では、自賠責保険への加入が義務付けられています。
それでは、自賠責保険に未加入のまま自動車を運転した場合、どのような罰則が科されるのでしょうか?
ここからは、自賠責保険に加入せずに自動車を運転した場合の罰則を解説します。
1年以下の懲役または50万円以下の罰金を科される
自動車損害賠償保障法の第86条に基づき、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。
第八十六条の三 次の各号のいずれかに該当する場合には、その違反行為をした者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第五条の規定に違反したとき。
(責任保険又は責任共済の契約の締結強制)
第五条 自動車は、これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)又は自動車損害賠償責任共済(以下「責任共済」という。)の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならない。
たとえ交通事故を起こさなくても、自賠責保険に未加入のまま運転した場合に上記の罰則が科されます。
また、自賠責保険に加入している場合でも、自賠責保険の証明書を所持せずに運転していると、30万円以下の罰金が科される点も覚えておきましょう。
第八十八条 次の各号のいずれかに該当する場合には、その違反行為をした者は、三十万円以下の罰金に処する。
一第八条又は第九条の三第一項若しくは第二項(第九条の五第三項及び第十条の二第四項において準用する場合を含む。)の規定に違反したとき。
(自動車損害賠償責任保険証明書の備付)
第八条 自動車は、自動車損害賠償責任保険証明書(前条第二項の規定により変更についての記入を受けなければならないものにあつては、その記入を受けた自動車損害賠償責任保険証明書。次条において同じ。)を備え付けなければ、運行の用に供してはならない。
違反点数が6点加算されて免許停止処分が下される
自賠責保険に加入せずに運転した場合、道路交通法施行令に基づき違反点数6点が加算されます。
即座に免許停止処分が下されることになるため、自賠責保険には必ず加入しましょう。
さいごに|自賠責保険や政府保障事業についてよく理解しておこう
自動車損害賠償保障法は、交通事故の被害者を救済するために制定された法律です。
自賠責保険や政府保障事業など、被害者を守るための制度を定める大切な法律なので、しっかりと理解しておきましょう。
「加害者が損害賠償金をきちんと払ってくれない」「できるだけ早く保険金を受け取りたい」という場合は、自動車損害賠償保障法で定められている制度を活用し、問題の解決に役立ててください。

