ひき逃げ事故によって死傷者が出た場合、加害者側は救護義務違反・報告義務違反などで処罰されます。
2023年版犯罪白書によると、2022年は6,980件のひき逃げ事件が起こっていますが、全検挙率は上昇傾向にあり、69.3%(死亡事故の場合は101.0%)と高水準を維持しています(3 ひき逃げ事件|法務省)。
とはいえ、ひき逃げ事故の被害に遭った際の補償や加害者への処罰などについて、詳しく理解できていない方は多いでしょう。
そこで本記事では、以下のようなことについて詳しく解説します。
- ひき逃げ事故とはどのような事故を指すのか
- ひき逃げ事故とみなされる具体的な行為
- ひき逃げをした場合の刑事責任
- ひき逃げ事故に遭ったときにやるべきこと
- ひき逃げ事故で適用される自動車保険
ひき逃げとは
ここでは、ひき逃げの定義や具体例、発生件数や検挙率などについて解説します。
ひき逃げの定義|当て逃げとの違い
ひき逃げとは、被害者にけがや障害(場合によっては死亡)を負わせたにもかかわらず、救護や警察への報告を怠ってその場を立ち去る行為のことです。
被害者の救護や警察への報告は道路交通法によって義務付けられており、これを怠った場合は厳しく処罰されます。
ひき逃げと似たものとして「当て逃げ」がありますが、当て逃げとは「自動車やバイクなどで物損事故を起こしたあと、そのまま立ち去る行為」のことを指します。
ひき逃げも当て逃げも「事故後対応をせずに立ち去る」という点は共通していますが、人身事故か物損事故かという点で異なります。
交通事故を起こした加害者の義務
自動車やバイクなどの車両を運転中に被害者と接触または転倒させてしまった場合、加害者側には「救護義務」や「報告義務」などが生じます。
救護義務とは、ただちに車両を停車して負傷者を救護、および道路における危険を防止するといった措置のことです。
被害者がいるにもかかわらずその場を立ち去った場合は、道路交通法117条1項の「救護義務違反」となります。
運転手は必ず被害者のけがの状態などを確認しなければなりません。
報告義務とは「警察に事故が起きたことを報告する義務」のことで、報告しなかった場合は報告義務違反として処罰されます。
たとえ被害者側が「大丈夫、大事にしないで」などと言ったとしても、加害者は警察に事故を報告しなければなりません。
ひき逃げとみなされる行為の具体例
「自動車で人と接触してそのまま立ち去った」というようなケースはもちろん、以下のようなケースでもひき逃げと判断されます。
- 接触はしていないものの、自分の運転が原因で相手にけがを負わせた
- 一時停止したものの、警察には報告せずにその場から離れた
「車が理由もなく急ブレーキをして、後方にいたバイクが転倒した」「車が突然現れて、歩行者が驚いて転倒してしまった」などの場合も、加害者側が救護や報告を怠ると処罰対象となります。
ひき逃げの発生件数・検挙率
日本のひき逃げ事故の検挙率は上昇傾向にあり、2022年は6,980件のひき逃げ事件が発生していますが、全検挙率は69.3%で、死亡事故検挙率については101.0%となっています(3 ひき逃げ事件|法務省)。
たとえ悪意があって事故後その場を立ち去っても、加害者が見つかる可能性は高いといえます。
ひき逃げの加害者に科される刑罰・違反点数
ここでは、ひき逃げ事故の加害者に科される刑罰や違反点数について解説します。
道路交通法違反
ひき逃げは救護義務違反・報告義務違反となり、以下のとおり処罰されます。
第百十七条 車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。引用元:道路交通法第117条1項、2項
第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、三月以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。
十 第六十一条(危険防止の措置)の規定による警察官の停止又は命令に従わなかつた者引用元:道路交通法第119条1項10号
また、ひき逃げは違反点数が35点のため、運転免許は一発で取り消しとなります。
これまで前歴や違反点数が無くても、取消日から3年間は運転免許の取得ができません(欠格期間)。
過失運転致死傷罪
居眠りや携帯電話の使用などでよそ見をしながら運転をして交通事故を起こし、逃走した場合は「過失運転致死傷罪」に問われる可能性があります。
(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。引用元:自動車運転処罰法第5条
運転中における過失とは、以下のような運転者が守るべき「注意義務」に反することを指します。
- 前方不注意
- 速度超過
- 信号無視
- 居眠り
- 携帯電話使用 など
過失の度合いについては判断の幅が広く、運転者は日頃から過失とみなされないように心がけて運転する必要があります。
危険運転致死傷罪
飲酒運転や運転の制御ができないほどの速度超過の状態などで車両を運転し、相手にけがや障害(または死亡)を負わせた場合は、危険運転致死傷罪に問われる可能性が高いです。
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
三 その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
五 車の通行を妨害する目的で、走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為
六 高速自動車国道(高速自動車国道法(昭和三十二年法律第七十九号)第四条第一項に規定する道路をいう。)又は自動車専用道路(道路法(昭和二十七年法律第百八十号)第四十八条の四に規定する自動車専用道路をいう。)において、自動車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより、走行中の自動車に停止又は徐行(自動車が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。)をさせる行為
七 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
八 通行禁止道路(道路標識若しくは道路標示により、又はその他法令の規定により自動車の通行が禁止されている道路又はその部分であって、これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるものをいう。)を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為引用元:自動車運転処罰法第2条
逮捕・起訴されて実刑判決となる可能性もある
ひき逃げ事故の場合、加害者が特定されると「逃亡の恐れがある」として逮捕・起訴される可能性があります。
さらに、事故の性質上、過失運転致死傷罪などに該当するケースも多く、被害の規模によっては実刑判決が下る可能性もあります。
ひき逃げに遭ったときにやるべきこと
ここでは、ひき逃げ事故の被害者になった場合の対応方法を解説します。
加害車両の特徴はできるだけ覚えておく
ひき逃げ事故の被害に遭った場合は、できるだけ加害車両の特徴を覚えておくことが大切です。
車種・色・ナンバープレートの番号などは、加害者特定に大いに役立ちます。
ひき逃げ事件を解決するためには警察の捜査が欠かせません。
警察もあらゆる方法を用いて加害者の特定に尽力しますが、被害者の証言があれば事件の早期解決が期待できます。
すぐに警察を呼んで交通事故証明書を取得する
ひき逃げ事故に遭った際は、すぐに警察を呼んで交通事故証明書を取得しましょう。
交通事故証明書とは、交通事故が起きた事実を証明する公的書類のことです。
各種保険の補償を受ける場合や、相手方に対して損害賠償請求する場合などに必要となります。
警察に交通事故の届けを出したあと、各都道府県の自動車安全運転センターに発行を申し出ましょう。
病院で診察を受ける
交通事故に遭った際、必ずしもすぐに出血や痛みなどが生じるとは限りません。
時間が経ってから痛みや痺れなどに気付くケースもあります。
そのため、ひき逃げ事故に遭ったら痛みなどがなくても必ず病院に行きましょう。
加害者が判明すれば治療費も請求できます。
防犯カメラの映像や目撃者を探す
基本的に警察がおこなう調査では、ひき逃げ事故が起こった場合は加害者を特定するために防犯カメラの映像や目撃者などを探します。
可能であれば、被害者自身でも現場付近に目撃者がいないか探してみるのも有効です。
事故現場を目撃した方が車の特徴を覚えているというケースも少なくありません。
加害者が見つかっていなくても、自動車保険は適用される
警察に連絡して捜査を進めてもらっても、なかには加害者の特定が困難な場合もあります。
たとえ加害者が見つからなくても、自動車保険を利用して保険金を受け取ることは可能です。
実際にどのような保険が利用できるのかについては「ひき逃げに遭った場合に適用される自動車保険」で後述します。
ひき逃げに遭った場合に適用される自動車保険
ひき逃げ事故で適用される自動車保険としては、主に以下があります。
加害者が契約する自賠責保険・任意保険
加害者が見つかった場合は加害者が加入している任意保険、任意保険に加入していない場合は自賠責保険に損害賠償請求をおこないます。
この場合、賠償金や過失割合などについて相手保険会社と示談交渉をおこない、示談成立後は示談書を作成して賠償金を受け取るという流れになります。
人身傷害補償保険
ひき逃げ事故の加害者が見つからない場合でも、自身が加入している人身傷害補償保険を利用することができます。
人身傷害補償保険とは「保険加入者や契約車両に乗っている人が交通事故でけがを負った・死亡した場合、保険金が支払われる」という保険です。
上限はあるものの、基本的には事故による治療費・休業損害・葬儀費用・慰謝料などが補償されます。
ただし、保険会社によっては適用範囲などが異なる場合もあるため、詳しくは加入先に確認してください。
無保険車傷害保険
人身傷害補償保険だけでなく、無保険車傷害保険なども利用可能です。
無保険車傷害保険とは「相手が無保険などで十分な補償を受けられない場合、保険金が支払われる」という保険です。
ひき逃げ事故のような加害者不明の場合も「無保険車」とみなされて適用対象となり、本来被害者が受け取るべき金額が支払われます。
ただし、基本的には被害者が死亡した場合や後遺障害が残った場合に利用でき、「けがが完治した」「治療中だが回復見込みがある」などのケースは対象外となります。
車両保険
事故によって自分の車両が傷付いた場合は、車両保険なども利用可能です。
車両保険とは「交通事故などで車両が損害を被った場合、修理費用や買替費用などについて保険金が支払われる」という保険です。
ただし、車両保険を利用すると保険料が高くなってかえって損をするおそれもあるため、利用前に契約内容を確認しておくことをおすすめします。
自動車保険未加入の場合は政府保障事業を利用する
もし自動車保険未加入で利用できない場合は、政府保障事業の利用を検討しましょう。
政府保障事業とは、ひき逃げ事故の被害者などに対して必要最低限の救済を図るために創設された制度です。
政府保障事業では、被害状況に応じて以下のような補償が受けられます。
- 傷害:120万円まで
- 死亡:3,000万円まで
- 後遺障害:75万円~4,000万円まで(後遺障害等級によって異なる)
手続きの流れなどの詳細については「政府の保障事業とは|損害保険料率算出機構」を確認してください。
ひき逃げの犯人が見つかった場合の損害賠償請求の流れ
ひき逃げ事故の犯人が見つかった場合、損害賠償請求をおこないます。
交通事故で損害賠償請求をおこなう際は、基本的に以下のような流れで進めます。
- けがの治療開始
- けがの完治・症状固定
- 後遺障害等級認定の申請(後遺症が残った場合)
- 相手方保険会社との示談交渉
- 調停・訴訟(示談不成立の場合)
- 示談成立・賠償金の支払い
示談交渉は自力でも可能ですが、事故対応に慣れている保険会社を相手に有利に進めるのは難しいため、交通事故トラブルが得意な弁護士などに依頼することをおすすめします。
ひき逃げに遭ったら弁護士への相談がおすすめ
ひき逃げ事故に遭った場合は、早めに弁護士に相談しましょう。
ここでは、ひき逃げ事故の被害者になった際に弁護士に依頼するメリットを解説します。
賠償金・慰謝料を増額できる可能性がある
事故によって生活などに支障が出てしまった被害者としては、できるだけ慰謝料などを多く受け取りたいと考えるのは当然でしょう。
損害賠償金のうち慰謝料などについては3種類の計算基準があり、弁護士に依頼すれば最も高額になりやすい「弁護士基準」を用いて請求対応を進めてくれます。
場合によっては当初提示された金額よりも2倍以上増額できることもあり、なるべく多くの金額を受け取りたいのであれば弁護士に依頼しましょう。
加害者との示談交渉を一任できる
弁護士に依頼すれば、ひき逃げ事故による損害賠償請求の手続きを一任することができます。
依頼後は弁護士が窓口になって対応してくれるため、けがの治療や仕事復帰などに専念できます。
加害者側の保険会社はできるだけ少ない金額での示談成立を狙ってくる可能性がありますが、弁護士なら客観的な根拠などを用いて有利に示談交渉を進められるでしょう。
裁判に移行した場合も対応してくれる
ひき逃げ事件では、加害者側との交渉が決裂して裁判などで争うケースも少なくありません。
けがを負った状態で慣れない裁判に対応するのは大変ですが、弁護士なら裁判に必要な証拠集めや各種手続きなども全て任せられます。
ひき逃げに関するよくある質問
ここでは、ひき逃げ事故に関するよくある質問について解説します。
ひき逃げで保険はおりる?おりない?
ひき逃げ事故で加害者の特定が難しい場合でも、人身傷害補償保険・無保険車傷害保険・車両保険などが利用可能です。
ただし、保険会社によって補償内容などが異なる場合もあるため、詳しくは加入先に確認する必要があります。
もし自動車保険未加入で利用できない場合は、政府保障事業の利用を検討しましょう。
ひき逃げの懲役は何年?
ひき逃げ事故では、救護義務違反や報告義務違反などが成立します。
ただし、人身事故ではほかの犯罪も成立し、併合罪としてより重い処分となることもあり、ケースに応じて量刑は異なります。
たとえば、加害者の不注意などによる事故で死傷させた場合、救護義務違反と過失運転致死傷罪の併合罪で「15年以下の懲役刑」となる可能性があります。
また、飲酒などの危険運転による事故で負傷させた場合、救護義務違反と危険運転致死傷罪の併合罪で「22年5ヵ月以下の懲役刑」、被害者が死亡した場合は「1年以上30年以下の懲役刑」となる可能性があります。
ひき逃げで被害者が死亡した場合の量刑はどうなる?
ひき逃げで被害者が死亡した場合も同様で、併合罪としてより重い処分となる可能性があります。
事故状況によっては「15年以下の懲役刑」や「1年以上30年以下の懲役刑」などが科されることもあります。
まとめ|ひき逃げ被害に遭ったら弁護士に相談を
ひき逃げ事故の被害に遭った際、加害者が特定できなくても自動車保険などを利用して補償を受けることが可能です。
加害者を特定できた場合は、相手方に対して損害賠償請求できます。
被害状況に見合った額の賠償金を受け取りたい場合は、交通事故トラブルが得意な弁護士に依頼するのがおすすめです。
弁護士なら事故後対応を一任できるうえ、依頼者が有利になるように示談交渉や裁判対応などを進めてくれます。
初回相談無料の弁護士事務所なども多くあるので、まずは一度相談してみましょう。

