- 「社員の適性を考えて配置転換をおこなったのに、パワハラだとクレームを受けてしまった…」
このように、配置転換に対してパワハラを訴えられて悩んでいる人事担当者の方は少なくないでしょう。
企業の人事担当者として、業務効率の向上や社員のキャリア形成の観点を踏まえ、適材適所の配置転換をおこなうことは重要な業務です。
しかし、配置転換に従業員が納得しない場合、パワハラと主張されるおそれがあります。
本記事では、配置転換がパワハラと判断されやすい4つのケースを解説し、適法な配置転換をおこなうためのポイントを紹介します。
パワハラのリスクを未然に防ぎ、大きなトラブルを避けるためにも、ぜひ最後まで参考にしてください。
配置転換がパワハラとみなされる4つのケース
まず、配置転換がパワハラと認められやすいケースとして、以下4つを確認しておきましょう。
- 精神的な攻撃を目的とする場合
- 人間関係から切り離す目的があった場合
- 本人の能力を明らかに超えた業務に従事させる「過大な要求」にあたる場合
- 本人の能力にふさわしくない業務に従事させる「過小な要求」にあたる場合
それぞれのケースについて、詳しく解説します。
1.精神的な攻撃を目的とする場合
精神的な攻撃を目的とする配置転換は、パワハラと認められる可能性があります。
具体的には、以下のようなケースではパワハラに当てはまるリスクがあるでしょう。
以下のようなケースがあります。
- 配置転換の理由の説明の際、「使い物にならない」「無能」といった人格を否定する言葉を使用した
- 「使えない」「お前はうちのチームにいらない」などの暴言があり、その後別の部署へ異動させられた
2.人間関係から切り離す目的があった場合
従業員を人間関係から切り離す目的があった配置転換は、パワハラと認められる可能性があります。
具体的に、以下のようなケースではパワハラに当てはまるリスクがあるでしょう。
- 他の従業員から孤立させて退職に追い込むために、いわゆる「追い出し部屋」に異動させた
- 一人部署に異動させ、社内での人間関係から切り離した
3.本人の能力を明らかに超えた業務に従事させる「過大な要求」にあたる場合
本人の能力を明らかに超えた業務に従事させるための配置転換は、パワハラと認められる可能性があります。
具体的に、以下のようなケースではパワハラに当てはまるおそれがあるでしょう。
- 社員のやる気を喪失させるために、ITの知識がほとんどない従業員をシステム開発の担当部署に異動させ、適切な研修やサポートをおこなわない
- まったく経験がない部署へ異動させ、過剰な成果を求めた
4.本人の能力にふさわしくない業務に従事させる「過小な要求」にあたる場合
本人の能力にふさわしくない業務に従事させるための配置転換は、パワハラと認められるおそれがあります。
具体的に、以下のようなケースではパワハラに当てはまる可能性があるでしょう。
- 嫌がらせを目的として、コピー取りなどの単純作業しか任されない部署へ異動させた
- 嫌がらせを目的として、まったく仕事がない部署へ異動させた
配置転換がパワハラにあたるとして損害賠償請求が認められた判例
パワハラに該当する配置転換をおこなうと、従業員から損害賠償請求されるリスクが生じます。
ここでは、配置転換がパワハラとして認められた「親和産業事件」を紹介します。
本件の原告は、大阪市に本社を置く商社に営業職として中途入社し、10年以上にわたり新規開拓営業を担当してきました。
その間、着実に成果を上げ、昇給・昇格も果たしていました。
しかし、原告は社長に対して率直に意見を述べる性格だったため、会社側から疎まれるようになり、突然退職を勧められました。
原告は、再就職が容易ではない年齢だったこともあり、退職勧奨を拒否しました。
すると会社は、原告を営業職から外し、全く業務のない倉庫へと配置転換しました。
配置転換の結果、原告の賃金は月額約36万円から約16万円に減額となりました。
裁判所は、本件配置転換について「社会的相当性を逸脱しており、企業側の配転命令権の濫用にあたる」と認定し、会社に対して以下の支払いを命じています。
- 給与の差額分
- 賞与(賞与の下限額のおよそ8割に相当する金額)
- 慰謝料(50万円)
本件は、企業が従業員に対しておこなう配置転換が、業務上の必要性を欠き、従業員に不利益を与える目的があった場合は、パワハラに該当することを示した重要な事案です。
配置転換がパワハラと判断される基準 | 望まない異動=パワハラではない
そもそも企業には、配置転換の裁量権があります。
そのため、従業員の意に沿わない配置転換をおこなっただけではパワハラとはいえません。
ただし、配置転換が「権利の濫用」にあたれば、違法かつ無効となります。
裁判例によれば、配置転換が権利の濫用と認められるかどうかは、以下の基準によって判断されます。
- 業務上の必要性があるか
- 配置転換の動機や目的は正当か
- 配置転換による不利益の程度は大きいか
そのため、企業側は配置転換が権利の濫用と認められないよう、十分に配慮する必要があるのです。
配置転換がパワハラにならないための対処法
従業員からパワハラと主張されないためにも、事前に対処を講じるのが重要です。
ここでは、具体的な対処法として、以下3つを紹介します。
- 就業規則・雇用契約書の定めを確認しておく
- 配置転換の前に従業員と話し合う場を設ける
- 企業法務が得意な弁護士に相談する
それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
就業規則・雇用契約書の定めを確認しておく
就業規則や雇用契約書にて、配置転換を可能とする規定が設けられているか確認しましょう。
規定に配置転換についての決まりが明文化されていれば、会社は規定に則り従業員を配置転換できます。
しかし、規定がなければ、配置転換は基本的にできません。
このようなケースでは、配置転換の必要性や理由を対象の従業員にしっかり説明し、事前に個別に合意を得ることが重要です。
また、たとえ就業規則に規定があったとしても、労働契約で勤務地や職種が限定されている場合には、会社による一方的な配置転換の実施は認められません。
労働契約の範囲を超えて配置転換を命じるためには、従業員の同意が必要です。
配置転換の同意を得られない場合は、別の適任者を充ててもよいかもしれません。
配置転換の前に従業員と話し合う場を設ける
配置転換の前に、目的や理由について従業員と話し合う機会を設けるのも重要です。
配置転換を伝えられると、従業員は「自分の能力不足が原因なのではないか」といった不安にかられ、否定的な印象を持ってしまうかもしれません。
たとえ配置転換の理由がネガティブなものだったとしても、「異動先でも十分に成果を出せる人材である」「新しい環境にも柔軟に対応できる能力がある」といったポジティブな理由を伝えれば、従業員は前向きに受け入れやすくなるでしょう。
企業法務が得意な弁護士に相談する
配置転換について悩んだときは、企業法務が得意な弁護士への相談も有効です。
配置転換を含む企業法務に詳しい弁護士であれば、法的リスクを踏まえ、パワハラとならない配置転換の方法についてアドバイスしてくれるでしょう。
また、就業規則や雇用契約書に配置転換に関する規定がない場合、規定内容に関するアドバイスをもらえます。
パワハラの加害者・被害者を配置転換することは法的に問題ない?
職場でパワハラが発生した場合に、加害者や被害者を配置転換することに法的に問題がないのか気になる方も多いでしょう。
ここでは、パワハラの加害者と被害者の配置転換についてそれぞれ解説します。
パワハラの加害者を配置転換する場合
パワハラの加害者を配置転換する場合、厚労省が告示する、いわゆる「パワーハラスメント防止指針」を参考とすべきです。
指針には、パワハラの事実が確認された場合に加害者に対して取るべき適切な措置のひとつとして、「被害者と加害者を引き離すための配置転換」が挙げられています。
被害者の心理的安全性の確保の観点からすれば、速やかに加害者の配置転換を検討すべきでしょう。
ただし、パワハラを理由とする配置転換が全て許容されるわけではありません。
業務上の必要性がある場合でも、不当な動機や目的でおこなわれた配置転換や、従業員に与える不利益が大きい配置転換は、権利の濫用として違法または無効とされる可能性があります。
加害者を配置転換する際には、異動先について慎重に検討し、理由を本人にしっかりと説明しましょう。
パワハラの被害者を配置転換する場合
パワハラの被害者を配置転換する場合、パワーハラスメント防止指針に加えて、労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)を参考にすべきです。
指針には、「加害者と被害者を引き離すための配置転換」を取るべきとされおり、裁判例でも、パワハラ被害者への配置転換が必要であると認められたケースがあります。
一方で、パワハラ防止法では、パワハラについて相談した従業員に対する不利益な取り扱いを禁止しています。
パワハラの被害を訴えた従業員を望まない部署へ配置転換することは、「不利益な取り扱い」に該当する可能性があるので注意が必要です。
被害者を配置転換する際は、不利益な取り扱いとみなされないような配慮が必要となるでしょう。
配置転換がパワハラと主張された場合の対処法
対処を講じていても、配置転換の際にパワハラと主張されるケースはあります。
以下では、配置転換をパワハラと主張された場合の対処法を解説するので、参考にしてください。
まずは配置転換がパワハラにあたるかを見直す
まず確認すべきは、配置転換が本当にパワハラにあたるかどうかです。
パワハラとみなされるケースに該当するか、権利の濫用と認められるかなど、配置転換の際にパワハラがあったかどうか今一度見直しましょう。
従業員に配置転換の理由をきちんと説明して説得する
パワハラに該当する要素がなさそうな場合には、従業員に配置転換の理由を明確に説明し、納得してもらうことが重要です。
配置転換の背景や目的、将来的なキャリアパスなどを具体的かつ丁寧に説明するようにしましょう。
ほかの従業員を異動させられないかどうかや待遇面の見直しを検討する
配置転換に納得してもらえない場合には、ほかの従業員の配置転換を検討するのもひとつの方法です。
配置転換に対して前向きに応じてくれる従業員を異動させるほうが、今後の業務成果に対して良い影響を与えるかもしれません。
ただ、配置転換を拒否している従業員に、どうしても配置転換を受け入れてもらいたい場合には、待遇や給与面の見直しを検討しましょう。
必要に応じて懲戒処分も検討する
正当な目的の配置転換であるにもかかわらず、従業員が拒否を繰り返すようであれば、社内の秩序維持の観点から懲戒処分をおこなうのもひとつの選択肢です。
しかし、懲戒処分は必ず就業規則に基づいて実施しなければなりません。
また、懲戒処分の判断に合理性がなければ、権利の濫用とみなされる可能性もあります。
慎重に検討したうえで、懲戒処分を実施しましょう。
企業法務が得意な弁護士に相談する
配置転換が原因で大きなトラブルに発展しそうであれば、企業法務が得意な弁護士に相談するのがおすすめです。
弁護士に相談すれば、法的リスクを避けるための適切なアドバイスをもらえます。
また、配置転換がパワハラに該当しないことを証明するために必要な証拠の収集方法や、従業員への説明方法について法的アドバイスも受けられるでしょう。
懲戒処分を実施する際にも、懲戒処分の内容や処分の重さが合理的かどうかを判断してもらえます。
さいごに|配置転換にともなうパワハラの懸念は弁護士に相談を!
配置転換をする際に従業員からパワハラと主張されないためには、配置転換の必要性や目的、従業員に与える影響を十分に考慮すべきです。
違法性がないか判断に迷うときは、弁護士に相談することも検討しましょう。
また、万が一配置転換がパワハラと主張されたら、従業員と速やかにコミュニケーションをとり、納得してもらうことが重要です。
どうしても納得してもらえない場合は、懲戒処分などの措置も検討してください。この段階でも、不安がある場合は弁護士に相談するのがおすすめです。
なお、弁護士には得意・不得意分野があり、全員が企業法務に詳しいわけではありません。
企業法務に詳しい弁護士に相談すれば、リスクを最大限回避できるので、ぜひ「企業法務弁護士ナビ」を利用して、企業法務を得意とする弁護士を探してみてください。

