「被疑者」という言葉は、ニュースや新聞などで目にする機会が多いものの、正確な意味まで理解している人は少ないかもしれません。
日常生活ではあまり使われないため、「どのような人を指すのか」と疑問に思う方も多いでしょう。
また、被疑者には「容疑者」「被告人」「加害者」といった似た表現もあり、それぞれ定義や使われる場面が異なります。
これらを混同すると、事件の進行状況や関係者の立場を正しく理解できず、誤解を招くおそれがあります。
そこで本記事では、「被疑者」の意味や「容疑者」「被告人」「加害者」との違い、被疑者に認められている4つの重要な権利について、わかりやすく解説します。
被疑者とは?警察などに嫌疑をかけられている人のこと
被疑者とは、警察や検察などの捜査機関から、ある犯罪の嫌疑をかけられている人物のことです。
被告人と同様、「刑事裁判で有罪判決が確定するまでは罪を犯していない」として扱われる「無罪推定の原則」が適用され、法的には無罪と推定されます。
被疑者に認められている重要な4つの権利
刑事事件の被疑者となると、警察や検察などから取り調べを受けます。
取り調べでは、多くの人が「何を話せばいいのか」「どう対応すればよいのか」と不安を感じるでしょう。
しかし、被疑者には法律でしっかりと守られている重要な権利が存在します。
これらの権利を正しく理解して適切に行使すれば、自分の立場を守れます。
被疑者に認められている主な権利は、以下の4つです。
- 黙秘権
- 弁護士選任権
- 接見交通権
- 署名押印拒否権
それぞれの権利について、順に詳しく解説します。
1.黙秘権|捜査機関に対して話さないでよい権利
黙秘権とは、警察や検察などの捜査機関による取り調べの際に「話したくないことを話さなくてもよい」という権利です。
黙秘権は、憲法第38条第1項や刑事訴訟法第198条第2項によって保障されています。
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
引用元:日本国憲法 | e-Gov 法令検索
第百九十八条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。
② 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
引用元:刑事訴訟法 | e-Gov 法令検索
被疑者が黙っていたとしても「罪を認めた」とみなされることはありません。
そのため、取り調べ中ずっと黙っていても構いませんし、一部の質問だけに答えてほかの質問は無言を貫いても問題ないのです。
ただし、黙秘していれば必ず起訴されないというわけではありません。
警察や検察はほかの証拠や証言ももとに捜査を進めるため、犯罪の嫌疑が固まれば起訴される可能性があります。
また、黙秘を貫くと捜査機関からの心象が悪くなってしまい、結果的に刑罰が重くなってしまうおそれもあるので、黙秘権を行使するかどうかは、状況に応じて慎重に判断することが大切です。
2.弁護士選任権|弁護士に依頼することができる権利
弁護士選任権とは、被疑者が弁護士に弁護を依頼できる権利です。
被疑者の弁護士選任権は、刑事訴訟法第30条によって保障されています。
第三十条 被告人又は被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる。
引用元:刑事訴訟法 | e-Gov 法令検索
取り調べなどの際、被疑者は捜査のプロである警察や検察と対峙しなければなりません。
しかし、法律の知識がない人にとっては、不利な立場になりがちです。
そこで頼りになるのが、弁護士の存在です。
弁護士は、取り調べの対応方法を助言したり、黙秘権などの権利を正しく伝えたりします。
また、必要があれば不当な身体拘束に対する不服申立てや、裁判での意見陳述、生活環境の整備なども支援可能です。
3.接見交通権|警察官の立会いなしで弁護士と面会できる権利
接見交通権とは、逮捕・勾留されている被疑者が、警察官などの立会いなしで弁護士と自由に面会・相談したり、書類や物の受け渡しができる権利です。
接見交通権は、刑事訴訟法第39条第1項によって保障されています。
第三十九条 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
引用元:刑事訴訟法 | e-Gov 法令検索
家族や知人が被疑者と面会する場合には、時間や曜日に制限があり、かつ警察官の立会いが必要です。
一方で、弁護士との面会にはとくに制限がなく、警察官の同席も必要ありません。
そのため、被疑者は自分の状況や不安、今後の対応などについて、落ち着いて弁護士に相談できます。
また、接見交通権は、弁護士選任権を実質的に機能させるためにも欠かせません。
十分な面会ができなければ、適切な弁護活動を受けることが難しくなるからです。
4.署名押印拒否権|供述調書へのサインを拒否してもよい権利
署名押印拒否権とは、供述調書の内容に納得できないときに署名や押印を拒否できる権利です。
署名押印拒否権は、刑事訴訟法第198条第5項を根拠に認められています。
第百九十八条
(中略)
⑤ 被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。
引用元:刑事訴訟法 | e-Gov 法令検索
そもそも供述調書とは、被疑者、被害者、参考人の取り調べでの供述内容をまとめた調書です。
しかし、警察や検察官が作成する分、話した内容と違うニュアンスになっていたり、曖昧な表現が使われていたりすることがあります。
そして、署名押印された供述調書は裁判において非常に強力な証拠になってしまうため、注意が必要です。
一度サインしてしまうと、「本当は違うことを言いたかった」とあとから訂正するのは困難になります。
そのため、作成後には供述調書を見せてもらい、内容に相違があれば署名押印拒否権を行使して、内容を訂正してもらうか、納得できなければ署名を断るべきです。
署名押印を拒否すると、供述調書は原則として証拠にはなりません。
これにより、不本意な調書が不利な証拠となってしまう事態を防ぐことができます。
被疑者と似ている用語との違い|容疑者・被告人・加害者
被疑者と似た用語には「容疑者」「被告人」「加害者」などがありますが、それぞれの意味や用法には明確な違いがあります。
ここでは、それぞれの意味や被疑者との違いをわかりやすく解説します。
1.容疑者|主にマスコミが使う被疑者のこと
容疑者とは、事件に関与した疑いがある人に対して、主にマスコミが使用する呼び方です。
法律上の正式な用語ではなく、ニュースや新聞報道などで一般に使いやすいように工夫された言い換え表現です。
法律上は、警察が捜査している段階の人物を「被疑者」と呼びます。
しかし、被疑者という言葉は「被害者」と字や読み方が似ているため、一般の人にとっては混同しやすく、誤解を招く可能性があります。
そのため、両者を明確に区別するために、「容疑者」という呼び名が使われるようになったといわれています。
2.被告人|検察によって起訴された人のこと
被告人とは、検察官によって正式に起訴された人物のことです。
起訴とは、検察官が裁判所に対して被疑者を罰するように求める手続きをいいます。
警察の捜査を経て、検察が「裁判で責任を問う必要がある」と判断した場合、その人物は「被疑者」から「被告人」へと呼び名が変わります。
すでに身柄が拘束されている場合、起訴されると、警察署の留置場から法務省が管理する「拘置所」へと移されるのが一般的です。
3.加害者|他人に被害や損害を与えた人のこと
加害者とは、他人に被害や損害を与えた人を指す一般的な言葉です。
法律用語ではなく、日常会話やニュース報道、学校、交通事故などさまざまな場面で使われます。
加害者という言葉には、すでにその人が被害を与えたという事実が確定しているようなニュアンスが含まれます。
そのため、法律上では判決が出るまでは「加害者」といった断定的な表現は避け、「被疑者」や「被告人」など中立的な言葉が使用されるのが通常です。
さいごに|被疑者とは犯罪の疑いをかけられている人のこと!
本記事では、「被疑者」の意味や被疑者の権利、関連する用語との違いについてわかりやすく解説しました。
被疑者とは、警察や検察などの捜査機関から犯罪をおこなった疑いをかけられている人のことをいいます。
まだ裁判で有罪が確定していない段階であるため、法律的にはあくまで「無罪の推定がされている人」にすぎません。
被疑者には、憲法や刑事訴訟法で認められた重要な権利が4つあります。
それが、「黙秘権」「弁護人選任権」「接見交通権」「署名押印拒否権」です。
これらの権利をしっかり理解し、必要な場面で適切に行使しましょう。
また、被疑者とよく似た用語として、「容疑者」「被告人」「加害者」といった言葉も使われますが、それぞれ意味や使われる場面が異なります。
事件に関わる立場になったときだけでなく、ニュースや報道を見る際にも、これらの知識は役立ちます。
正しい知識を身につけることは、自分自身の権利を守るためにも重要です。
万が一に備えて、しっかりと理解しておきましょう。

